湯気にご注意

 部活終わり。校門を出て少し坂を下った先で「ほい。みょうじはあんまんだったよな」と言う力強い声が夜道に響く。

「えっ、覚えててくれたんですか! ありがとうございます」

 我ら烏野高校排球部の主将、澤村先輩。先輩が主将になってからまだ日は浅いけれど、その姿からはもう何年もみんなを引っ張り続けてきた貫禄が垣間見える。澤村先輩は中学の時も主将だったって聞いたことあるし、それに兄弟もたくさん居るらしいから、きっとそういう部分が澤村先輩の頼りがいに繋がっているんだろう。なんというか、主将になったから主将っぽいんじゃなくて、主将っぽいから主将になったみたいな……。とにかく。澤村先輩はなるべくして主将になったような人だと思う。

「そりゃあ、あんなに美味そうに食べてたらなぁ」
「うっ……わ、忘れてくださいって言ったはずです。あの時はものすっごくお腹が空いてて……」

 だけど、澤村先輩はそうじゃない部分も持ち合わせている。こうして、思い出すと今でも恥ずかしくて堪らないエピソードを持ち出してはしたり顔で見つめてくる、そういう悪戯な部分もあるのだ。

「朝ご飯食べる余裕がなかったんだっけ?」
「そうそう、朝寝坊しちゃって……ってなんで分かったんですか?」
「そりゃあ――」

 そりゃあ、の後に続く言葉はきっとからかいの言葉だろう。それを聞かないように今しがた受け取ったあんまんを口いっぱいに頬張ってみてもなんの意味もなく。塞ぐことの出来なかった耳はしっかりと「毎日見てるしな」という言葉を捉えてしまった。
 確かに、私は朝が弱い。結構な頻度で朝練にも危ない時間に顔を覗かせている。だからあの日も朝ごはんを食べ損ねた状態で朝練をこなして、このままお昼まで過ごすなんて無理だと練習終わりに坂ノ下に駆け込んだ。
 はしたないとは思いつつも歩きながらあんまんを頬張っていればその姿をばっちり澤村先輩に見られてしまい。怒られると覚悟したにも関わらず、先輩はそんな私の姿を見てお腹を抱えて吹き出した。「腹いっぱい食べるのは良いことだ。ただ、食べ過ぎと食べ歩きはやめなさいね」と軽い注意だけで済んだことに安堵していたのに。この場面でソレを持ってくるとは、中々に質が悪いからかいだ。

「あ、今日は澤村先輩もあんまんなんですね」
「あまりにもみょうじが美味そう食べてたから」
「宣伝効果ばっちり、ですね」

 そう言って笑えば、「そうだな」と返し込み上げる笑いをかみ殺してみせる澤村先輩。今思い出してましたよね? なんて訊いたら、吹き出して笑うことの許可に繋がる。それはちょっと悔しいので「……なんかでも、それだと澤村先輩が私のこといつも見てるみたいにも聞こえますね?」という言葉で仕返すことにしてみた。

「……っ!」
「…………えっ」

 ぶわっと赤くなる澤村先輩。トマトのような、ゆでだこのような……いや、ここで例えるならピザまんだろうか。……どうしよう。ちょっとからかうつもりだったのに。こんなカウンターが来るとは思ってもみなかった。

「み、見てるよ……いつも」
「あ、ありがとうございます……」
「今度2人だけで、帰れないか? その……あんまん、奢るから」
「お、お願いします……」

 ピザまんが2つ、夜道に仲良く隣り合っている。

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