ボタン
――カツン、と何かが床に落ちる音がした。
そういえば朝、着た時にほつれてるなって思ったんだった。そんな事を思い返しつつ、床に落ちた制服から取れてしまったボタンを拾い上げる。次の授業まではあと5分。……5分もあれば縫えるか。机に引っ掛けている鞄に入れているポーチから針と糸を取り出し、縫い付けていく。
「器用なんだなー」
あとは玉留めするだけ、という所まで縫った時にそんな言葉が聞こえてきた。ハッとしてその声を出所を辿ると、その声は隣の席で机に肘をついてじっと私の手元を見つめている照島くんからだった。いつから見ていたんだろう……。作業に集中して気が付かなかった。
「俺、針に糸を通すことすらできねぇ」
照島くんからそんな風に話しかけられるとは思ってなくて、なんて返して良いかが分からない。困っている私をさして気にも留めていないのか、照島くんは尚も話しかけて来る。
「なあ。今度俺のジャージ、縫ってくんねぇ?」
「えっジャージ?」
やっと返せた言葉は疑問で。
「あー。俺、部活やってんだ。バレーの。そん時に着る練習着」
照島くんがバレー部なのは知ってる。クラスの中心人物の情報なんて、私が知ろうとしなくても入ってくるから。
「でも……マネージャーさんが居るんじゃ?」
私が疑問に思ったのは、照島くんの口から良く聞こえてくる華さんや、るなちゃんという可愛いマネージャーさんの存在だ。
「ん? まぁ、華さんとかにやって貰っても良いんだけど、みょうじさんに縫ってもらった方が絶対きれいだわ! あっ、でもこんな事言ったのバレたら華さんから殺されるから、ナイショな!」
「う、うん。分かった」
「で、頼んでもいいか?」
「……私なんかで良ければ、いつでも」
「ほんとか? いやー、助かるわ! じゃあ今度持って来るから!」
そう言ってはにかむ照島くんの顔は、照島くんの髪色に負けない位明るかった。
「照島くん。これ」
後日、預かっていたジャージを返すと目を見開いて受け取る照島くん。何をそんなに驚いているんだろう。不思議そうに見つめているとバっと顔を上げた照島くんの目とばっちり合って、見つめあうような形になってしまう。
「すっげーな! まじで! 魔法みてぇ! もうこれ新品じゃん!」
「そ、そんな事ないよ……」
さすがにそれは大袈裟じゃあないだろうか。ただ、ほつれていた場所を修繕しただけなんだし。
「いやー、みょうじさんってほんとすげぇんだな! まじで助かったわ! ありがとな!」
……まぁでも、こんなに喜んでくれるならやって良かったかな。
「てか、お礼したいからさ! 今度部活休みの日、帰りにメシでも行こうぜ! 俺、奢るから!」
「えっ!? いい、良いよ! そこまでしてくれなくて!」
照島くんからまさかのお誘いに今度は私の方が目を見開いてしまう。
「えー、そんな事言わずにさぁ。俺が奢りたいんだけど!……迷惑か?」
「迷惑じゃないけど……でも、」
「じゃぁ決まり! そうと決まったらライン交換だな! みょうじさん、スマホ出して」
ほら、早く! と急かしてくる照島くんを見つめると笑い返してくる。その笑った口から少し見えた舌ピアスにどくん、と心臓が高鳴ったのが分かった。
――あ、今。私、落ちた
ハッキリと分かるくらい、自分の気持ちを自覚してしまった。例えるなら、そう。あの時、床に落ちていったボタンのように。
私は今、照島くんに落ちてしまったのだ。