いつもの

 明日は久々に何にもない日だし――といつもより長めの情報取集を行い、それも終えて眠りに就いてから5分が経った頃。

「うーかーいー! 迎え来てー! フラれたー!」
「はぁ? 知らねぇよ、タクれ」
「良いじゃん。どうせさっきまで動画見て情報集めしてたんでしょ?」
「なんで……」
「そんで寝ようにも情報グルグル浮かべて寝れない――ってパターン」
「まじかよ、」

 あったりぃ〜と電話の向こうでみょうじの声が弾んでいる。コイツ、俺の休みの日の行動パターン熟知してやがる……。高校時代からの付き合いであるみょうじは俺と同じような進路を辿り、実家の仕事を手伝っている。ちなみに町内会が同じなので今でもこうして関りは密にあるのだけれど、こうも行動パターンを分析されんのはどうにも複雑な思いがする。

「烏養は分かり易いからねぇ」
「ハイハイ。んで、どこ行けばいんだよ?」
「えっ本当に来てくれんの?」
「お察しの通り寝れてねぇし。気分転換だよ」
「ありがとぉ〜! 烏養やさしぃねぇ」
「うるせぇ。早く場所教えろ」

 なんで俺がフラれた女の足になんねぇといけねぇんだとも思うけれど。頼まれたからには、知ってしまったからには素通りなんて出来ない性格だってこともみょうじはきっと見抜いている。



「他に好きな人が出来たとか言われたらさぁ、仕方ないよねぇ」
「んーまぁ、な」
「それで“はい、分かりました”って引き下がった私、超えらくない?」
「偉い偉い。俺はもっと偉い」
「烏養くんはえらいよぉ〜!」
「ちょっバッカ! やめろ!」

 助手席でへべれけになっているみょうじが俺の頭をぐりぐりと撫でつける。深夜なので車通りは少ないけれど、走行が乱れ思わず慌てふためく。……こんなに酒入れて、酔っ払って。思ってるよりもヘコんでるくせに無理して笑ってんじゃねぇよ。

「なんかさぁ、“まぁ好き”なんだけど、その“好き”が1番しっくりくる相手、居ないかなぁ」
「なんだそれ」
「化粧品とか食べ物とかでもあるじゃん。色々浮気するけどやっぱコレに戻る、みたいなの」
「そうか?」
「ビールでいう“アサビスーパードライ”的なやつ」
「なるほどな」

 分かり易い例を出してもらったことで一気にみょうじの理論に説得力を感じる。アサビスーパードライ的な相手、確かに理想だわ。しっくり来る相手か。良いかもな。

「まぁいつか現れんじゃねの」
「そうかなぁ? そうだと良いなぁ」
「いうて俺らまだ26、7だろ」
「そうだね。……よしっ飲み直そう、烏養!」
「はぁ? こちとら車だわ」
「良いじゃん。私の家泊まれば」
「はっ?」
「スーパードライ、飲みたくない?」
「いや飲みたいけど……」

 どういう意味? そういう意味? という疑問がさっきまで浮かんでいたバレー関連の話題を吹き飛ばしてゆく。けれどここで流されてはダメだ。

「いいや。やめとく」
「……そっか」
「自棄でそういうことは言うもんじゃねぇよ。もっと大事にしろ、自分のこと」
「ごめん、」

 しゅんと項垂れるのが分かる。……ちょっと説教臭かったか。みょうじは失恋したばっかで傷付いているのだ。その相手に向かって正論を言うのは正しいのだろうか。悩む頭を抱え鼻をズッと誤魔化すように啜る。

「んまぁ、アレだ。今度、連れてってやるから」
「どこに?」
「……飲みに」
「……ふはっ。何それ、いつものやつじゃん」
「だぁー、うるせぇ。俺はそうやって飲むことしか知らねぇんだよ」

 ふっと軽くなった気配に安堵しつつ声を荒げると、みょうじも涙声ながらに笑い声をあげる。みょうじがいつも笑ってばかりではないことは見ているし知っている。けれど、どんな感情を抱くにしても最後はこうやっていつものように笑っていて欲しい。それが、俺にとってのいつものみょうじなのだから。

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