お呼び出し申し上げます

 工業高校の男女比率は男子のが多い。女子もまったく居ない訳じゃないけど、クラスに1人2人女子が居るくらいだ。だから席替えで女子の隣になった時、どうしてもドキドキしたり意識してみたりするもんだろ――という想像は、残念ながらみょうじによって外されてしまった。

「痛っ!」
「みょうじ、俺は授業中にそこまで気持ち良いくらい熟睡かますヤツ見たことないぞ」
「だって日差しが……」
「日差しを理由に居眠りしていいのは猫だけだ」
「じゃあ私猫になる」
「バカ言うな!」

 ばちん、と隣から鈍い音が響きその後に続けられた「痛っ!」という声はもはや何度目だろうか。その後に続けられる「朝だから」「お昼ご飯食べた後だから」「眠たかったから」という理由に何度先生たちが怒りを増幅させられたことか。

 クラスの中で先生に叱られた回数はもはや右に出る者は居ない。ふざけているのか? と思えるくらい不真面目で、何もかもズボラ。当初クラスの全男子生徒が抱いていたドギマキ感はほとんどが消滅しきっている。

「二口ぃ〜、ノート写させて」
「やだ」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに」
「俺はお前と違って真面目に授業受けたんだよ」
「そんな器の小さい男で大丈夫か? 二口くんよ。私みたいにもっとデッカく構えな?」
「お前の場合は“ズボラ”って言うけどな」
「けちぃ。……はい、隙あり!」
「あっ、おまっ」

 机に肘ついて勝ち誇ったように笑えば、一瞬の隙をついたみょうじが机に広がるノートを写真に収めてみせた。まじでコイツの身のこなしは猫そのものだ。

「ありがとう、二口」
「お前本気で猫になれんじゃね?」
「えー、でも猫だと人間と喋れなくない?」
「喋りてぇの?」
「そらそうでしょ。彼氏と“愛してる〜チュッ”とか“大好きだよ〜ハート”とか。イチャイチャしたいし」
「……なんでお前に彼氏が居んのか、まじで不思議だわ」
「そう? 私は二口にどうして彼女が居ないか、納得だけどね」
「お前表出ろや」

 顔をひくつかせて喧嘩を売っても、みょうじはけらけらと笑うだけ。このクラスの誰よりもズボラなみょうじだけど、隣の席で何ヶ月も過ごしていればみょうじにはズボラじゃない部分だってあることは知っている。例えば、外に出る時は日焼け止めを塗るのを怠らなかったり、髪の毛が乱れていればちゃんと整えたり、汗をかけばシートでこまめに拭ったり。そういう美意識は持ち合わせている辺り、みょうじも女子なんだと思うこともしばしば。だからきっと、みょうじの彼氏はそういう女子の部分を独り占めしているのだろう。そう考えれば、みょうじに彼氏が居るのは当然のことだと思うから、さっきの言葉は嘘だ。

「女子に喧嘩売るとか、二口格好わる〜い」
「テメェ……」

 ただ、ムカつくから訂正なんてしてやらない。



 携帯から長めの着信音が鳴り響いて脳が呼び起こされる。辺りはまだ真っ暗で、決して寝過ごしたとかそういうパターンではない。何事だと眉根を寄せながら場違いな明かりを放つ携帯を睨めば2:12という時間表示と共に“みょうじ”の名前が浮かび上がっていた。

「……あい」
「寝れないから相手して」
「ハァ? 俺そんな理由で起こされたわけ? ふざけんな。つーか、かける相手間違ってんぞ」
「間違ってない。君は二口堅治くんでしょ?」
「人違いですぅ」
「ちょっ、ごめんって! 夜分遅くにすみませんって!」
「……お前鼻声じゃね?」

 俺の睡眠時間をとんでもない理由で妨害しやがって。寝起きで掠れた声にその怒り乗せてみてもみょうじは素知らぬ顔で会話を続けてくる。起こされてしまったもんは仕方ないと布団から起き上がり伸びをすれば、みょうじの声色がいつもと違うことに気が付いた。

「そう? 寒いからかな」
「毛布被れよ」
「被らないよ。外居るし」
「は? 外? なんで」

 一気に睡魔が吹き飛ぶ。時計に目線を這わすと時刻は2時15分を示していた。2時というのは深夜2時。こんな時間になんで外に居るんだ、コイツ。

「さっきまで彼氏と一緒だったんだ」
「さっきまで?」
「そー。別れ話してた」
「……は?」
「そんで今別れてきたとこ」

 ちょっと待て。どうも話が急展開を起こしている。今は深夜2時。そんでコイツはさっきまで彼氏と一緒だった。何をしていたかというと、別れ話。そんで別れた。その帰り道でコイツは1人。……いや、元カレてめぇよ。

「……元カレ野郎はなんでお前のこと送ってねぇの?」
「私がいいって言ったから。送ってもらう義理ないじゃん」

 みょうじが断ったとしてもだろ。普通女1人をこんな真夜中に放るか? クズじゃん、そいつクズじゃん。別れて正解だろそんなヤツ。

「……ふざけんな」
「ごめん、」
「あーいや違う。お前に言ったんじゃねぇ」
「ふたくち?」
「……お前今どこ」
「高校近くの公園だけど」
「……そこ動くなよ」
「え? 二口?」

 一方的に電話を切りベッドから飛び起きドアを開けて数秒。無造作に投げ捨てられた毛布を掴み今度こそ家から飛び出す。ちくしょう、なんで俺が……。そんなことを思ってみるけれど、泣き声を必死に隠して電話してこられて「気を付けて帰れよ」なんて言えるはずもない。

 俺は惚れた相手を真夜中に放り出す度胸も、クソみたいな性格も持ち合わせてねぇ。ズボラに埋もれたか弱さを、俺が見つけ出して守ってやりたいと――そう思ってしまった、俺の負けだ。

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