澤村大地は奢りたい

 彼氏の職業が警察官だと、特殊な付き合い方になる。土曜日曜祝日は確約された休日じゃないし、非番だからといって確実に会えるわけでもない。滅多に会えない彼氏とはラインのやりとりだって覚束ない。
 それでも、会えた時に感じる幸福感や充実感はそれを簡単に打ち負かしてみせるから。大地の付き合って後悔したことは1度もない。

「今回も何回も調整してもらって悪いな」
「良いって。慣れてるし」
「……すまん」
「謝らなくて良いよ。怒ってるわけじゃないし」
「でも……」
「これ以上言ったら“せっかくの非番なんだから、休んで”って言うからね?」
「それは……駄目だ」

 途端に眉根を寄せる大地にまたしてもふふふと笑みが零れる。今の言葉は前に1度言い合いになった時の火種だ。激務が重なった時期、ようやく来た非番の日を私とのデートに使おうとした大地に私がそう言ったら「いいや、会う!」「休んでよ!」「なまえとのデートもずっと引き延ばしてただろ」「そんな約束より体を大事にして」と押し問答をした。最終的には「なまえと会うのが俺の癒しなんだよ!」とキレ気味に言われて、私が照れて収束したんだっけ。
 あの時の大地の真っ赤になった顔、今でも思い出せる。大地もそれを覚えてるからか、このワードを出せば大地の顔はいつもしかめ面になる。

「あ、この服可愛い。ねぇ、どっちが良いと思う?」
「んー、んー……。ううん……」
「あはは! ごめんごめん。じゃあ、どっちが好き?」
「俺は……黒かな」
「じゃあ黒にしよ」
「俺に買わせて」
「え? いいよいいよ」
「これくらいは頼む」
「じゃあ……ありがとう」

 それからも行く店行く店でちょっとでも私が「良いなぁ」と呟けば「奢らせて」と言ってくる大地に「今日の大地変」と言えば、大地が頭を掻いて難しそうな顔つきになった。

「なんか……彼氏として出来ることって何だろうって思うんだけど……」

 難しいもんだな、と申し訳なさそうに続ける大地に私もなんとも言えない気持ちになってくる。彼氏として出来ることを考えるのなら、私は彼女として出来ることを考えないといけない。

「私は大地と会えるだけで良いよ」
「でも、」
「大地が前に言ったんでしょ? 私と会うのが大地の癒しだって」
「まぁ……うん」
「それ。私もそう」
「え?」
「なんにもくれなくて良い。一緒に居てくれたらそれだけで充分」

 彼女として出来ること――それは、大地が求める言葉を告げることだと思う。それはつまり、私の本心を告げること。

「大地がこうやって甘えさせてくれるの、すっごく嬉しいよ」
「なまえ……」
「でもさ。これだとパパみたいだから、それなりで良いからね?」
「パッ……それは……ちょっと職業的にまずいな」
「あはは! そうそう。私と大地は歴とした恋人だもんねー?」
「そう言われると……ちょっと」
「何一丁前に照れてんの」

 そう言って笑えば、大地も同じように笑うから。やっぱり大地と会うことで得られる幸福感や充実感は何にも負けない。大地からはもう、充分過ぎる程の愛情を奢って貰っている。

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