仕掛けのない愛情表現

 大地と付き合い始めてそれなりの月日が経った。関係性は安定していると思っている――けど、最近そう言い切れない事態に陥ってしまった。

「澤村って下の名前大地なんだ?」
「あぁ。え、今知ったの?」
「えへへ。大地かぁ。なんかぽいね」
「ぽい、ってなんだよ」
「アハハ。大地、だいち、ね」

 耳の片隅で繰り広げられる男女の会話。片方が自分の彼氏となればスルーすることは出来ず。ましてや女子側の声に分かり易い好意が混ざっていればなおのこと。
 “澤村は彼女持ち”という認識は大体の人がふんわりと持っている。その相手が私であるというのは限られた人しか知らない。お互いに隠している訳じゃないけど、公にしているものでもないから。そういう独占欲みたいなものを出すのは苦手だ。

「てか大地。バレー部って次の試合いつ?」
「え、あ、次は日曜日かな。練習試合すんだ」
「そっか。じゃあ私応援しに行こうかな」
「おう。良かったら来てくれ」

 大地お願い気付いて。その子、同じクラスなんだから大地のフルネームが“澤村大地”ってことくらいずっと前から知ってるって。今のは下の名前で呼ぶためのフェイクだよ。……てか、大地、狙われてますよー!! なんて。心の中で叫んだって無駄。何せ相手はあの大地だ。他人の口から出る言葉全部を“善意”として捉えてしまえるほど純粋な心の持ち主。彼の手にかかれば嫌味もある程度のものなら意味を成さずそのままの意味で捉えられてしまう。
 そういう所も真っ直ぐで好きだなぁ、って思えるけど。こういう時くらいは察して欲しいなぁ――というのが彼女の複雑な心境な訳で。



 大地ほどに良い男がモテない訳ないと思うほどには大地にベタ惚れしている訳だけども。大地に告白というイベントが滅多に起こらないのはやっぱり“澤村には彼女が居る”というふんわりとした噂が大きいのだと思う。
 しかもしれは事実な訳だし、大地に告白をした女子が「付き合ってる人が居るんだ」と言ってフラれた経歴も影響している。それでもそれらに臆さず大地に好意を寄せる人も少なからず居るし、それを隠さず大胆に表す人も居る。

「ねぇ大地。メアド交換して」
「いいけど……?」
「ほら、試合の情報とか知りたいし?」
「なるほどな。分かった」

 どうやって交換したらいいんだ? とまごつく大地を笑い、交換方法を教える彼女の体は大地に寄せられている。
 近い近い近い! と間に割って入りたくてもその勇気はなく。シャーペンをカチカチとノックし続け、怒りのカウントをしてみた所でモヤモヤが消える訳でもない。

「ん? これ、なんの数字? まさか誕生日とか?」
「あぁ、これは……その、携帯を買った日?」
「えっ何ソレ! 携帯を買った日をメアドに入れてるんだ? 大地ってば可愛い〜!」
「べ、別にいいだろ!」

 大地の声が分かり易く上擦っている。大地、嘘吐くのほんと下手だなぁ。今のアドレスは迷惑メールに悩んでた時、大地自ら設定したやつだ。「自分の誕生日は恥ずかしいべ」と笑ってみせたけど、記念日だってじゅうぶん恥ずかしい。……まぁ、それ以上に嬉しいけど。
 あの時の出来事を思い出せばシャーペンのノックが止まる。大地は私が付き合っていることを公にするのが嫌だってことを知ってるから、こうして下手くそな嘘まで吐いてくれている。
 
 大地はいつだって私を大切にしてくれているけど、その優しさは私1人が受け取っていたい。大地なら大丈夫って思えるけど、やっぱりあんな風に分かり易くアピールされると複雑な気持ちになってしまう。これは贅沢なワガママなのかもしれない。
 知らず知らずのうちにシャーペンノックは再開されていた。



「大地、今日部活終わり一緒に帰らない?」
「……えっと、それは……」
「私も委員会があってさー、私たち家の方向一緒だったよね? お願い。送って帰って?」

 送って帰って? なんておねだり、私もしたことないのに。というかそんな可愛らしさを持ち合わせていない。
 日が暮れるのが早くなったこの季節、夜道を女子1人で帰るのは確かに怖い。だけどこの子には同じ委員会で同じ方面に帰る仲良しの子たちが居るはず。
 大地はそれを知らないのか、「確かに夜道は危ないしな……」なんて頭を悩ませはじめている。あぁ、もう。そういう所なんだよ。そういう優しい所大好きなんだけど、こんな風に付け込まれるから心配になる。大地の優しさをそういう風に利用しないで。大地の優しさは私だけのものだ。……駄目だ、私、独占欲ありまくりだ。

「大地!」
「なまえ」
「今日私も図書室で勉強して帰るから。一緒に帰ろ?」
「あ、えと……、」
「彼女のお願い。……きいて?」
「うっ……」

 大地の瞳が大きく見開かれた後、それに対抗するように垂れ下がってゆく。そうして抑えきれない緩みを女子生徒に向けながら「ごめん。彼女を優先させて欲しい」と頭を下げる大地。……ごめんなさい。私、ものすごっく嫌な女だよね。でも、そういう部分を曝け出してでも大地のことは独占したい。

「そっか、分かったぁ」
「ほんと、スマン。他に一緒に帰ってくれそうなヤツ居る?」
「うん。友だちと一緒に帰るし。平気」
「そっか、良かった」

 大地にアピールしていた女の子は今のやり取りでスッパリ諦めてくれたのか、なんの未練もないように踵を返していった。……なんか、こんなにもあっさりだと途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。

「ご、ごめん大地」
「ん? なにが?」
「私、変な意地張った」
「意地? 俺はそうは思わなかったけど」
「へっ?」
「あれ、可愛かった」
「か、かわ……っ!?」
「なまえが付き合ってるの言いたくないって気持ちは理解してるけど、やっぱこうして独占欲滲まされると嬉しいもんだな」
「ど、独占欲……。やっぱ恥ずかしい……!」

 人の嫌味も真っ当に受け止めるくせに。私の本当の気持ちは見抜いてみせるなんて。なんか悔しい気もするけど、それ以上にそれを“可愛い”と言ってくれる大地に嬉しさがこみ上げてくる。

「じゃあ練習終わったら迎えに行くから」
「え、ほ、ほんとに送ってくれるの?」
「あぁ。彼女のお願いを叶えるのが彼氏の役目だろ?」
「だ、大地……」
「はは。顔真っ赤だな。」

 私たちの関係性は今日も安定して両想いだ。

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