819の日

 8月19日。カレンダーに視線を這わせ確認した本日の日付。はち、いち、きゅう。心の中で数字を読み上げてみて、ふと思った。

「排球の日」
「ん?」
「いや今日って、バレーの日だなぁっと思って」

 思ったことをポロリと口に出せば、隣に座っていた大地の視線がスマホから私へと移る。そうして「バレー……? あぁ、排球。確かに、そうだな」と私の視線を辿った先にあったカレンダーで、同じように日付の確認をした大地が納得したように笑う。そして笑みを少しだけ緩めながら、もう1度私へと視線を向ける大地。

「で? それがどうしたんだ?」
「別に。どうってことはないんだけど」
「なんだそれ」

 ハハッと軽く笑う大地は、それまで視線を落としていたスマホの世界へと戻ってゆく。どうってことはないけど、なんでもないわけではない。私たちの歩んできた道のりの中には、バレーという球技は大いに関係している。今となってはスマホで試合中継を観るような距離感になってしまったけど、私たち……厳密にいえば大地はその昔、コートに立ってボールを追っていたのだ。だから、8月19日という日付はどうしても私の中で“排球の日”として呼び名が変わってしまう。……まぁ、だからといってどうってことはないのだけれども。

「やってたなぁ、って気持ちにはなるじゃん?」
「んー、まぁ。そうだな、俺たちもそれなりにガッツリやってたもんな」
「ガッツリもガッツリだったよね」
「……ほんとに」

 大地の顔が当時の疲労を思い出しているのか、クタクタなものへと変わる。その表情、学生時代の夏は嫌というほど見てきたなぁとまた1つ懐かしい思い出が蘇り、思わず近くにあったティッシュをタオル代わりに差し出しそうになってしまった。その手をグッと抑え、「まっ、私たちはもう引退した身だから。こうやってクーラーの効いた部屋でのんびり出来ているわけなんですけどね。……まぁ私はマネージャーだったから、大地ほどではなかったけどね」と苦笑気味に溢せば、大地の顔も何かを思い出したかのようにニヤリと口角が上がる。

「なまえマネージャー、誰よりも怖かったな」
「いや大地に言われたくないし」

 学生時代を思い浮かべぎゃーぎゃーとその思い出に浸り笑い合う。確かに、今となってはバレーは少し離れたものになってしまったけど、でも。時々こうして思い出として私たちの前に現れて、楽しい気持ちを与えてくれるから。バレー、やってて良かったって思う。

「多分、」
「ん?」
「多分これからはさ、」

 ひとしきり“こういうこともあった”“ああいうこともあった”と笑い合った後、ふと大地の顔が真顔になる。そうして紡ぐ言葉の続きを待ってみれば、大地は視線を私へと合わせ「8月19日が来る度、なまえとこうしてバレーのことで盛り上がる日だなって思うんだと思う」と微笑んだ。その表情は、学生時代のものよりも、私の彼氏としてのもの。大地の顔に滲む確かな愛情を感じ取った私の気持ちも、勝手に私の顔をゆるゆると溶かしてみせる。

 8月19日。排球の日。
 今日という日は、記念日でもなんでもないけれど。それでも、バレーをやってきた私たちにとって、特別な日。そう思えるようになったのは今日だけど、これから8月19日が来る度に、大地と2人でそういう日にしていければ良いなと思う。そんな思いを込めて「そうだね」と笑えば、大地も同じ気持ちだと答えるように確かな頷きを返してくれた。

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