光を呑む闇

 似ているようで、似ていない。彼とこの人は、本当に同じ血が流れているのだろうか。じっと見つめた瞳はあまりにも強い光が宿っていて、他の物を消し去ってしまっているような気さえした。あの人の瞳は真っ暗で、吸い込まれそうだというのに。……あぁ、そういう点では似ているのかもしれない。こんなことを言ったらきっと、尾形さんは眉を寄せて不機嫌になってしまうだろうけど。

「なまえさん……?」
「勇作さん……お願いします。1度で良いんです」
「……っ、」

 まさか馴染みにしていた店の女からこんな風に迫られるだなんて、勇作さんは思ってもいなかっただろう。誰も居ないのを良いことに、勇作さんの体を押し倒し馬乗りになる。もしかしたら勇作さんはこの距離で女性を見つめることさえ初めてなのだろうか。ポッと熱を持つ耳たぶをチラリと見つめ、もう1度勇作さんの瞳を見つめてみる。……この反応を勇作さんに求めていたわけではない。本当に欲しい人は、「ならば弟を穢せ」と無慈悲な命令を下してきた。
 勇作さんと尾形さんは、兄弟関係だという割にはあまり健全な仲ではない。そして、それは尾形さんが健全で在りたがらないからだということに気付いた時、私はその理由が知りたくなった。そうしてそれとなく他の軍人から事情を聞き出しその事実を知った時、私は余計に尾形さんへの想いを深めた。そしてその想いを尾形さんに告げた時、「俺が欲しいのであれば、勇作殿をたぶらかせ」と絶句するような言葉を返されたのだ。

「なまえさん」
「お願いします……どうか、どうか私を……っ」

 肩口を優しく押され、それに反抗するように顔をより近付ける。勇作さんの心音がけたたましく鳴っている。だけど、それは私だって同じ。私だって、殿方を押し倒すだなんて行為をすることになるなんて思ってもみなかった。……でも、それが好いた男性が望むものなのだ。そうしないと、尾形さんは私のことを見ようともしてくれない。だから、だから私は――。

「駄目です。やめてください」
「……私では駄目ですか?」
「そういうわけではありません」

 ぎゅっと瞑った目を開くと同時、私の体を強くて優しい腕が押し上げた。そうしてあっという間に取られた距離の向こうには、変わらぬ光を宿した瞳が射抜くように待っていた。……あぁ、やっぱり。勇作さんと尾形さんはまったく似ていない。尾形さんにはこんな優しさなんて感じられない。……そういう所が堪らなく好きだから、勇作さんと尾形さんの違いはよく分かる。

「なまえさん、本当に好いた男性は別に居るのではないですか?」
「……っ!」
「なまえさんの中に私が居るとは思えません」
「それは……」
「どうか……ご自身のことを大事になされて下さい」
「勇作さん……、」

 この人は。この人は、これだけの眩しい光を宿していながら、他人のことまでも見えている。眩みそうなほどの明るい世界が勇作さんにとっては当たり前で、その世界で生きてきたからこそ、私の気持ちにも気が付けるらしい。……なんと滑稽な話だろうか。それだけの慧眼を持っているのに、自分の兄が抱いている気持ちにも、自身に向けられている気持ちにも気付けないだなんて。そんな兄弟のせいで、私は惨めたらしく空回っているだなんて。なんと滑稽な話だろう。

「また、顔を出しに来ます」
「……申し訳ございませんでした」
「……いえ。何かあれば話を聞きます」
「ありがとう、ございます」

 勇作さんのことを本気で好きになれたら。あの眩しい瞳を真正面から見つめ返せる程の気持ちが私にあれば。……いや、それじゃ駄目だ。私はもう、尾形さんの持つ闇を知ってしまっている。だからもう、尾形さんを知らない幸せを手にしたいとは思えないのだ。

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