25-00

 戦闘員で冬島さんの次に年長なのが東さん。その下に私たち21歳組が連なる。その下にはもっとたくさんのボーダー隊員が居るわけで、その中で25歳という年齢はなんとなく“ものすごく年上の人”という印象になる。それにはきっと、東さんの持つ大人びた雰囲気も由来するんだろうけど。

「東さーん!」
「また来たのか」
「だって諏訪たちみんな都合がつかないって言うから」
「はいはい」

 溜息を吐きながら玄関のドアを広げてくれる東さん。初めて押しかけた時は結構渋られたけど、今ではもう諦められている。「お邪魔します」と言いながら上がった先には、いつものようにあまり生活感の感じられない部屋が待っていた。……東さん、この部屋で調べものしかしてないんだろうな。
 今もトリガーに関することを調べていたのか、机の上には大量の資料たちが広げられている。この人、ほっとくといつまでもやり込むんだよなぁ。だからこうして家に押しかけて様子を伺うことにしている……というのも決して嘘ではない。ただ、その気持ちの割合がちょっぴり少ないだけ。

「ご飯は?」
「食べてないです。東さんの作るおつまみが食べたくて。あっ、ビールは持ってきますから!」
「……分かった分かった」
「やった〜! 東さんもご飯まだですよね? 一緒に食べましょう!」
「だな。そろそろ休憩時だ」

 最近では私が押しかけてくるので、適度に休憩も取れているみたいだ。前までは「これ食ったら帰れよ」と一口何かを口にする度に言われていた言葉も、その回数が減らされている。なので東さんもこの押しかけ飲み会をそこまで“迷惑なもの”と捉えてないのだろうと予測している。……東さんが大人で、それを見せてないだけだと言われたら黙るしかないけど。

「みょうじ、これ味見してみてくれないか」
「ん、美味しい! さすが東さん!」
「はは、良かった。ちょっと試してみたかったんだ」

 そう言って笑う東さんからは、やっぱり“嫌”って感情は感じ取れない。だから私は何度も押しかけて上がり込んで、2人だけの時間を欲しがってしまう。少しでも、東さんに近付きたいから。



「みょうじ、明日も早いだろ」
「んー、でも。終電ないです」
「送ってく」
「……東さん、いっつもお酒飲まないですよね?」
「お前を送ってく為だろうが」

 コツンと車の鍵で額を小突かれる。東さんはいつもそうだ。お酒を飲むのは私だけで、東さんはご飯を口にするだけ。だから終電がなくなる時間まで居座ってみても、夜を明かすことが出来ない。東さんは私を家に閉じ込めるなんてこと、してくれない。……女が好きでもない男の家に行くなんてしないってこと、分かってるくせに。東さんは強く拒絶しないし、受け入れることもしてくれない。
 毎回律儀にもてなし律儀に送り届けてくれる。……そんなこと、望んでないのに。ちょっとくらい下心覗かせてくれても良いのに。男なんだったら、好きじゃなくても言い寄ってくる女は抱きたいものじゃないのか。

「もしかして私、魅力ないですか?」
「……は? なんだ急に、」
「性欲湧かないですか」
「みょうじ? お前、悪酔いしてるぞ」
「だっておかしくないですか? 男の家にのこのこ上がり込むような女ですよ? 押し倒したらセックスくらい簡単に出来るじゃないですか。それをしないってことは、それすらしたいと思えない女ってこと――ん、うっ、」

 ボロボロと零れ出る気持ちは東さんの口の中に吸い込まれた。それだけじゃ足りないと言いたげに、私の口内を東さんの舌がくまなく這う。遠慮のない来訪者に酸素を奪われ、ようやく離れた頃には短い呼吸を繰り返すことで精一杯だった。

「あずまさ、」
「簡単に出来るから、したくないんだよ」
「えっ?」

 無意識に東さんの服を掴んでいた手。その手を東さんが捕まえ、自身の胸へと運ぶ。辿り着いた先に待っていたのは、私の呼吸以上に短い速度で刻む鼓動。……東さん、お酒入れてないのに顔真っ赤だ。

「簡単に絆されるから、俺だって必死だった」
「それってつまり……」
「それなのにみょうじは、凝りもせず俺の懐に入ってみせる。……もう、お手上げだ」
「じゃあ……泊まって行っても良いですか?」
「残念だが、もう送って帰るつもりはない」
「そっか。……嬉しいです」

 押しまくって勝ち取った東さんの気持ち。“ものすごく年上の人”って思ってたけど、実際その差はたったの4つで、私の行動1つでこんなにも容易く揺れる。……なんだ。東さんだって可愛い所、あるじゃないか。

「言っておくが、俺はまだ25だ」
「はい、知ってますよ?」
「これ以上自分の欲望を制御する程大人でもないし、歳を感じるような体力でもない」
「……はい?」
「それはもちろん、覚悟の上だよな?」
「……エッ」

 東さんの顔がにこり、と笑う。その笑みがとてつもなく恐ろしいものに思えて、つい腰が引けてしまったけど。そんな逃亡を今更東さんが許してくれるなんて、甘い考えは通用しないのである。

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