二人の過ちには名前がある

 ボーっと眺めるテレビ。その画面では男女が自分の言い分をぶつけ合っていた。いわゆる喧嘩のシーン、修羅場である。

「あ、出て行った」
「こういう時、出て行くの大抵女子よな」
「水上なら追う?」

 ソファに体重をかける片割れに質問をぶつけてみる。その答えはきっとこうだろうなと予測しつつ訊いたそれには、やはり「追わん」という返事を寄越された。

「追ったってどうせ冷静な話し合いなんか出来へんやろ」
「だろうね。でも、追うことに意味があるんじゃん」
「へぇ」

 へぇ、と興味なさそうに呟いた水上。そういうものなんだと学ぶ様子もなく、ただ受け流しただけの水上に、こいつは私とああいう状況になっても追っては来ないんだろうなとこちらが学ぶ。私たちは他の恋人たちに比べると、互いが互いに執着していないと思う。だからこんなときめきもへったくれもない男が好きだし、うまくやれている――そう、思っていたのに。



「は? 明日も生駒隊?」
「まぁ約束してたし」
「じゃあ今日帰るの?」
「まぁ明日早いし」

 イコさんから謎に朝7時集合の号令がかけられた――とごちている水上。普通だったら「じゃあ水上はヘアセットの時間あるから4時起きだ」くらいの言葉を返したと思う。それを返せなかったのは、水上があまりにも生駒隊メンバーと遊ぼうとするから。
 普段から生駒隊は隊で遊ぶことが多い。それは別に良いことだと思うし、不満を抱いたこともなかった。ただ、さすがに5週連続はやばくないか? ほぼ1ヶ月分だ。このひと月、水上の非番は生駒隊に埋められている。

「たまにはやめとこうとかならないの?」
「なってへんなぁ」
「みんな、ちゃんと集合してるんだ?」
「まぁ、隠岐とかは“行けたら行きますわ”とかやけど」
「じゃあ水上もたまにはそう言ったら良いじゃん」
「別に俺は毎回行けるし」

 けろっと言い放つ水上に、一瞬息を呑んだ。私たちは確かに互いに執着はしていない。でもそれは、ほかの恋人たちに比べて、の話。付き合ってるんだから、それなりに2人きりの時間は欲しい。その思いを水上は分かろうとしていない。……というか、分かっていないというかその気持ちにすらなっていない。

「なまえ?」
「……私とは最近会えてないよね?」
「え? 会うてるやん。今」
「今は仕事終わりにふらっと会いに来ただけじゃん」
「……? 会うてるやん」

 眉を寄せ、私の言い分に首を捻る水上。こういう所、とことんズレてるなぁと思う。察しが悪いというか、こっちの気持ちを分かろうっていう努力もないっていうか。……アホだろコイツってむかむかする。

「私はついでで良いんだ?」
「ついで? ついでってなんのついでやねん」
「ひと仕事したついでに、彼女のご機嫌でも伺っとこみたいな感じなんでしょ、どうせ」
「はぁ? なんでそんな考えになるねん」
「だってそうじゃん! 生駒隊のみんなには非番1日分使うのに、私には数時間しか割かないじゃん!」

 ついに互いの声量が激しいものへと変わった。こんな風に激しい言い合いをするのは初めてだ。普段ならどちらかがボケて、それにツッコミを入れてという流れのはずなのに、今は互いがツッコミにまわってるから収集がつかない。

「それはなまえかて理解しとることやんか」
「理解してるじゃん、普段はちゃんと」
「じゃあ今回は普段と何が違うねん」
「だから! あまりにも多すぎるって言ってんの!」
「ハァ? でもなまえが言うたんやろ。“スカウト組やし、仲良くしとけ”て」
「言ったけど! でも!」
「何、なまえ。なまえは俺のオカンなんか? 友達と遊んでばっかやないで、宿題しろって言いたいんか?」
「……もう良い!!」

 ぷっつん、と頭の中で糸が切れる感覚。それを自覚すると同時に、私はテレビで女優が放っていたセリフと同じ言葉を放ち、部屋から飛び出していた。……すごい、ほんとに部屋を飛び出すのは女側だ。

「……ていうか、私の家だし」

 乱暴に閉めたドア、乱雑に駆け下りる階段。そうして体全身で怒りを表した所でふと冷静になる。水上はこういう時、後を追いはしない。そして、私が戻る場所はどうしたって水上が居るあの部屋。……これは私、詰んでいるな。

「追い出せば良かった」
「普通はその手やな」
「……追わないんじゃなかったの?」

 夜道をふらふら歩いた所でかけられた声。内心意外だと思ったし、驚きもしたけど。それを出すのは悔しいので、普段通りの声色で返事をする。そうすれば水上も普段通りの声量で「そのつもりやったんやけど。なまえ手ぶらやったし」と告げてくる。

「……手ぶらだから、待ってたら帰ってくるって思ったんでしょ?」
「それは、まぁ。……でも、どうせ帰って来るんやったら迎えに行っても一緒やん」
「追ったところで冷静な話し合いが出来ないかもなのに?」

 いつかの水上の言葉をなぞれば、それには「追うことに意味があんねやろ」といつかの私の言葉をなぞり返された。コイツはああ言えばこう言うなぁと思いもするけど、それは私も同じだ。

「明日、パスするわ」
「え?」
「たまには彼女のこと、優先しよ思うて」

 せやから機嫌治して――首に手を当て、面倒くさそうに言葉を紡ぐ水上。その様子はいつも通りを装っているけど、水上は水上で必死なのだということが感じ取れるから。……なんだ、水上もそれなりの執着を持ってるんじゃん。

「良いよ、明日。遊び行って来て」
「は? でも、」
「元々の約束でしょ? それはちゃんと行った方が良い」

 歩みを自宅へと向ければ、水上もその後をついて来る。私の言葉に納得がいかないのか、「じゃあなんでなまえは怒ったん?」と追及してきた。怒ったのはそりゃ水上が生駒隊ばっかりだからだけども。

「元々の約束を反故にさせる程水上に執着したくない」
「……ハァ? 何その唐突なパンチ」
「でも、たまには私の時間を作って欲しいくらいには執着したい」
「はぁ、」
「だから、今度の非番は私のものね」
「……りょーかい」

 喧嘩って、互いが間違ってて、互いが正しい。それをぶつけ合って折り合いをつける行為。そうしていつもよりももう少しだけ仲良くなれるなら、必要なことだって思う。それを認める為に、私は水上に対して「ごめんね」と告げる。そうすれば水上も「俺も、悪かった」と同じ言葉をくれるから。

「手、繋いで帰ろっか」
「いうて数百メートルや……けど、ええか」

 仕上げに手をぎゅっと固く結べば、この論争の終わりが形作られた。……やっぱり、“後を追うことに意味がある”っていう私の言い分は正しいと思う。まぁ、それをぶつけるのはまた今度にしておこう。

「てか。家の鍵、どうした?」
「……いうて数百メートルや……けど。あかんか」
「……あかんなぁ」

 パッと見合わせる視線。それをゆっくり前へと向け、勢い良く踏み出す足。それでも、私たち手はぎゅっと固く結ばれたまま。

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