不格好な愛で相を打つ

 意外なことに、隆はパソコン関係に疎い。これだけ綺麗な指が、電子機器を前にすると途端に不細工な形で固まる。キーボートの上に乗せられる指は人差し指のみで、画面よりもキーボードに夢中になってしまう有様。

「ワリィなまえ。これメールで送りたいんだけど」
「また? ほんとダメだね」
「はは、俺は一生無理だワ」

 描いたデザインをPDFにしてそれを相手へと届ける。たったそれだけの行為が、隆にとっては服を生み出すことよりも難しいことらしい。頭をポリポリと掻いて苦笑いを浮かべる隆に溜息を吐き、パソコンの前に座りメールに資料を添付する。私からしてみれば、なんの煩わしさも感じない行為だけど、人間誰しも得手不得手はある。「じゃあ逆にデザインしてみろ」と言われると途端に私の指も不格好な形で固まると思うので、ここは相打ちということにしておく。

「なんて打てば良い?」
「お、文字も打ってくれんの。助かる」
「だって隆に打たせたら1時間はかかるじゃん」
「それな」

 耳元で隆が笑う。その声にくすぐったさを感じながら言われた通りの言葉をカタカタと打ち込み、10分程で出来上がったメールを送信する。デザイナーとして生きていく隆には、これからこういうことが何度も訪れるのだろう。その度に隆は私の力を必要とするだろうし、私も隆の力になり続けていくんだと思う。

「……隆には、私が居ないとダメだな」
「だな」

 するっと出た軽口に、するっと返される言葉は同じくらい軽い。それでも、隆からこう返されると胸にはずっしりとした重たい喜びが落ちてくる。その返答に人知れず表情を緩めていれば、「だから、結婚してくんね?」と言う言葉がそれを固めてみせた。

「……えぇ」
「えぇってことは、ダメなパターンか」
「いやダメじゃないけど、」

 ダメではない。私だって隆との長い付き合いでソレは考えていたし、意識もしていた。でも、まさかこんな突拍子もないシーンで繰り出されるものだとは思ってもいなかった。隆のことだから、もっとお洒落な場所で満を持して差し出してくれるものだとばかり。

「まさか、こんな不意打ちで来るとは思ってなくて」
「俺も」
「俺もって……じゃあ今の思い付き?」
「完全なる思い付き」
「うわぁ、マジですか」

 私なんか、パソコンと向かい合ってますからね。せめて互いが向かい合った状態の所で言って欲しかったよ。隆は隆でテーブルに両手をついた状態のまま、「マジです」とメールを送って欲しいと頼んできた時と同じ表情で笑っている。……なんかものすごい突貫作業な気がする。

「あ、でも。なまえと結婚してぇって気持ちはほんと」
「そうじゃないと困る」
「だよな」
「そうだよ。そうじゃないと、こんなロマンもへったくれもないプロポーズに“よろしくお願いします”って返そうとしてる私が可哀想」
「……まじ?」
「まじだよ。だって、隆には私が居ないとダメでしょ?」
「……うん。ダメ」
「それ、私もだから」

 私だって、私の生活に、人生に。隆が居ないとダメだ。“私も”と告げた言葉だけでその意味を汲み取ってみせた隆が「そっか」と声を和らげる。そうして続けられる「俺たち、結婚しねぇといけねえ2人なんだな」という言葉にはつい吹きだしてしまった。パソコン作業の片手間にプロポーズしておいて何言ってんだコイツ。ジロリとパソコンから視線を移し、隆の顔を睨んでみても隆はその睨みを嬉しそうに受け止めるだけ。

「……てか、指輪は?」
「あー……。今度、買いに行こうぜ」
「まじの思い付きじゃん」

 隆は意外なことだらけだ。パソコン作業が苦手だったり、カップルにおいて最大のイベントと言っても良いプロポーズもイマイチ格好良く決められなかったり。そういうちょっと不格好な隆が、私にとっては最高の男で、私の恋人で、生涯のパートナーとなる。そしてそれは、隆にとっての私もそうであれば良い。私たちはこれから先、そうやって相打ちの関係を続けていくのだ。

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