同じ目線

モブキャラが頻繁に出ます


「みょうじと大地、喧嘩中?」

 朝練が終わって教室に向かっている時に旭からそう尋ねられ、内心ドキっとする。

「なんで」

 ムスッとした表情で尋ねると、旭はポリポリと頭を掻きながら「全然喋ってなかったし。……図星だろ?」と何故か困ったように笑う。旭に当てられた事が癪だけど、そんなに分かり易いのか……とへこみもする。

「いつもはみょうじが拗ねて大地を避けるって感じだけど。今回は大地も怒ってる感じだったなぁ」

 そう。きっかけは些細な事だ。それこそ、いつもなら澤村が折れて「ごめん」と謝ってくれる程の。それなのに、今回は澤村も折れる気配が無いと来たからどうしたらいいか私も分からない。

「原因とか聞いてもいいか?」
「うーん、別に良いけど……。本当に大した事じゃないんだよ?」

 旭とは中学から同じだし、今もバレー部の中で唯一同じクラスでもあるから仲は良い。それにコイツは多分人にペラペラと喋ったりしないだろうし。(脅せば絶対言わないだろう)それに、誰かに話して相談に乗って欲しいってのもあった。

「実は……」



「あぁ……うーん、まぁ……」
「どう思う? 旭は」
「それは……大地の気持ちも分かるかなぁ」
「でも、そこまで怒ること?」
「うーん……。うぅ〜ん」

“難しいな……こういう時は……俺なら……”と席に着いてからもぶつぶつ1人脳内会議を始めた旭を待つこと5分。
 旭からの意見を貰うことなく授業を知らせるチャイムが鳴ってしまった。一生懸命悩んでくれている旭には申し訳ないけど、次の休み時間スガに相談してみようと思った。だってスガの方がこういう時、的確なアドバイスくれそうだし。はじめっからスガに相談すれば良かった。

 旭に痴話喧嘩の相談なんて重かったか。ごめん、ひげちょこ。



 授業終了のチャイムが鳴ると同時に席を立ち、隣のクラスの前のドアからスガを呼ぶ。

「すーがー、」
「あれ、なまえ。今日は“さーわーむーらー”じゃないの?」

 4組の彩子ちゃんから笑われる。うぅ、そのイジリは今はキツイ……。苦笑を返し、「スガ居る?」と尋ねる。

「菅原くん?……あ! 居た居た! 菅原くん! お呼びかかってますよー!!」

 おう、なんてこった。スガの隣には運悪く(というか大体セットなの忘れてた!)澤村の姿が。あからさまに動揺する私とぷいっと目を逸らす澤村。……あ、何か今のショック。そんな私達を見てスガが困った顔をしながらこっちに歩いて来る。

「……大地から聞いた。相談乗ってやるから、そんな傷ついた顔すんな」

 ほれ、ここじゃなんだし、と廊下に連れ出してくれる。



「大地もさ、もう折れるに折れなくなってるんだよ」

 窓枠に腕を乗せて外を眺めながらスガはそう笑う。

「そうなのかなぁ……」
「そう。大地にとっては意を決して言ったお願いだった筈だべ?」
「……澤村から頼み事されるなんて珍しい。だから、聞いてあげたい気持ちだってあるんだよ。でもさ…」
「言えばいいだろ。“さわむら”より“だいち”のが短くてラクだし」

 そう言ってスガはまた笑う。いやでも……高校入学してから今の今までずっと苗字呼びだったのに。それを今更名前で呼んで欲しいなんて……。恥ずかしすぎる。

「でもさ、正直俺も大地の気持ち分かる」
「それ、旭も言ってた」
「だべ? やっぱ好きな子から下の名前で呼ばれんのはなんか……こう……クる」

 確かに。澤村は付き合い出した頃“名前で呼んでいいか?”と尋ねて来た日から私の事を名前で呼ぶ。
 思い返してみるとそれは他の友達から呼ばれるよりも特別な響きだと思う。澤村から困った声、怒った声、楽しそうな声、優しい声で名前を呼ばれると嬉しい。澤村の声を思い出す為に閉じていた目を開く。

「……あぁ、これがクる、ね」
「そう、それ」
「うん。何となく分かった気がする。昼休み澤村と話してみる。ありがとう、スガ」
「おう! 今度何か奢れよな!」

 頑張れよ、とはにかむスガに手を振り教室に戻る。席に着くと隣ではうんうんと唸る旭が居た。旭も何か悩みがあるのだろうか。今度相談に乗ってあげよう。そう思いつつ、昼休みが来るまでひたすらに授業を堪えた。



 4限目の終了のチャイムと共に教室を出て、午前と同様に4組のドアの前に立つ。深呼吸を1回。いや、2回。落ち着け、心。……よし!

「さーわーむーらー!……だーいーちー!」
「おぉ、フルネーム」

 彩子ちゃんが朝と同じ様にからかってくる。「諸事情抱えておりまして」そう笑いながら返すと「諸事情抱えてるとフルネームになんの?」とケタケタと笑う。なるんだな、これが。そんなやり取りを交わしていると澤村とスガが近づいて来る。今朝みたいに目を逸らされる事は無いけど、やっぱり緊張する。澤村、まだ怒ってるかな……。

「あの……、」
「あー! ちょい待ち! ここじゃ無くて、お前ら屋上に行け! んで2人で話せ!」

そうスガから手で話を遮られ、2人……澤村と私の背を押す。

「……じゃぁ、行くか」
「う、ん」

 わぁ、澤村と半日も喋らなかったのいつ振りだろ……。何か変な感じ。そう思いつつ、澤村と屋上に向かって歩き出す。チラッと後ろを振り返ると親指とグッと立てるスガの姿が。“スガの姿”ってギャグみたい。……いやいや、こんな寒いスガみたいなギャグに逃げちゃ駄目だ。しっかりしよう。自分。そう渇を入れて澤村の隣を歩く。






「アイツらの悩みって可愛いよなぁ」
「何、やっぱあの2人って喧嘩中? 諸事情ってそれ?」
「諸事情って……。んまぁ、そんなとこ」
「いいわぁ……セイシュン……。私も青春したい……」
「藤谷、お前いくつだよ……」



 結局、屋上に着くまで一言も会話を交わすことなく来てしまった。

「あ、の……さ。昨日はごめん……」

 澤村と喧嘩して、私から謝るなんて珍しい。いつもと違って私が許して貰えるのを待つ側だから、ドキドキする。ちらりと目線を上に向け、澤村の顔を見る。

「……」

 えっと、その顔は……怒ってる? 困ってる? どちらとも言えない様な顔をした澤村がそこには居て、私もどうしたもんかと固まる。
 すると澤村も私の事をちらりと見た後、頭を掻きながら「昨日俺がしたお願い、聞いてくれる気になった?」と尋ねられる。

「あ、えっと……スガに相談したらさ、好きな人から名前で呼ばれるのは特別だって言われて……。澤村が私の名前呼んでくれる声を思い出したら、確かに特別だって思った。
……だから、今すぐは少し恥ずかしいから……あれなんだけど、徐々に呼んで行きたいな、と思って……マス。だから、許して欲しい。ごめんね。……だ、いち」
「……想像してたよりもやべぇ」

 頭を掻いていた手をそのまま顔に持って行き、顔を覆う澤村。じゃなくて、大地。……てか。「想像、してたの……?」その事実に驚く。

「いや、普通にするだろ。俺が付き合いだした頃、勇気出して名前呼びでも良いか聞いたろ?」
「あぁ、うん」

 それ、私も思い出したな。さわ、大地も覚えてたんだ。ちょっと嬉しい。

「あの後本当は“だからお前も下の名前で呼んで”って頼みたかったんだよ」

え、そんな前から……。その事実にもまた驚く。

「でも何か恥ずかしくてさ。言い出せないままで。本当はずっと呼んで欲しかった。だから、昨日勇気出してお願いしたのに。なまえ、拒否るから」
「や、だって今更じゃん! こっちだって恥ずかしいじゃん!」
「でもなまえ、旭の事は下の名前だろ」
「それは中学校から同じだし!」
「スガの事だってあだ名だろ?」
「だって皆スガって呼ぶし!」
「俺だけ“澤村”って距離感じて寂しいだろ!」
「さ、さびしいって……」

 なにそれ。小学生みたいな拗ね方。

「……んだよ」

 あぁ、さっきの怒った様な困った様な顔は拗ねてたんだ。そう分かると途端に笑いがこみ上げて来る。

「……何笑ってんだよ」
「や、可愛いなって」
「かわ……! ったく、お前ね。俺がどれだけ悩んだか」
「分かってる。いつも喧嘩してもそっちに折れて貰ってばっかだったからさ。いつの間にか私の中で大人な存在にしちゃってた。だけど“下の名前で呼んで欲しい”って頑なな姿見たら、安心した。私たち、ちゃんと同じ目線で進んで行けてるんだな、って」
「俺だって年相応の男子高校生だよ。そりゃ好きな子には特別扱いして貰いてぇよ」
「……だね。昨日は恥ずかしくて咄嗟に必死な頼み事断ってごめんね」
「俺も意地張って悪かったし、もう謝んなくていいよ」

 そう言うと大地はいつもの様に安心する笑顔を向けてくれた。あぁ、やっぱり。

「好きだよ。……大地」
「……!」

 あ、照れてる。可愛い。

「だーいち」
「ちょ、待って! 一回待って!」
「だいちだいちだいち」

 名前呼びもアリだな。そう思ってイジってると軽くチョップをされたから、し返してやった。そしたら、大地も負けじと応戦してくるから、昼休みにぜぇぜぇと息を切らす事になって大笑いした。



 昼休みもそろそろ終わるかという頃、2人で4組の教室まで戻るとニヤニヤしたスガと彩子ちゃんが。

「仲直り出来たんだな?」
「おう、おかげさんで」
「っけ、青春ガールめ」
「え、彩子ちゃん何ソレ?」
「んまぁ、とにかく。これで一件落着だべ!」

 そうスガが笑い、大地の背中を叩く。

「痛っ!」
「青春してるヤツはこれしきの痛み堪えなさい!」
「……藤谷、お前どした?」

 そんなやり取りをしてる3人を見てひとしきり笑った後、私も教室に戻る。

「じゃあ、スガ。彩子ちゃん。……大地!また後でね!」

そう言って手を振りパタパタと教室まで駆けて行く。何か、頭がスッキリしてる。今ならスキップできそう。……あ、私リズム感無いんだった。






「今の心境をどうぞ、大地さん!」
「あーその……サイコーです」
「藤谷はくっそ悔しいです」



 次の授業は数学か。いつもなら100%夢の世界の時間だけど、今日は難問だって頑張れそう。

「あのさ、」

 そうやって自分に気合を入れていると旭から声をかけられる。

「どうしたの?」
「朝話した件……大地の事下の名前で呼ぶ〜ってやつな」
「あぁ! 昨日大地と喧嘩したってやつね!」
「そうそう。俺ずっと考えてたんだけど、まずはあだ名で呼ぶ事から始めたら……って、え! 大地!?」
「……あ。私、旭にも相談してたんだった。ごめん。さっき、無事解決致しました」
「えぇ……。俺ずっと考えてたのに……」
「あはは! ほんとゴメン! 忘れてた! てか、旭良い人過ぎる!」

 すっかり旭の事を忘れてしまっていた事がツボに入って笑いが止まらなくて、数学の先生から怒られちゃったのは、それはもう、仕方が無い事だと思う。
 あと、それと。旭には本当に申し訳無いと思ってる。あぁ、やばい。また笑えてきた。

……今日の部活でこの事潔子とスガと、大地に話そう。

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