行く当てのない私は、色で例えるなら白だ。何もないから与えられない。何もないから欲しがられない。この施設の中で、真っ白で何もない毎日をただ無意味に過ごして死んでゆく。何も成し遂げることもなく、ただ死ぬ為に生きる毎日は何も見えなかった。早く死んでしまいたい。……いっそのこと――そう思うこともあった。

「オレがオマエに生きる価値をやる」

 イザナからこう言われるまでは。
 後から知ったけど、イザナはこの言葉をカクちゃんにも言っていたらしい。どっちが先に言われたかでカクちゃんと喧嘩したこともあったけど、いつしか停戦状態になり、そんなことよりも3人で一緒に居ることを優先するようになった。その時間は真っ白で何もなかった私の人生を彩り、嫌いで堪らなかった白さえも愛おしい色に変えてみせた。

「雪だ!!」

 まだ誰にも汚されていない真っ白な地面。その一面の白を無邪気な2人が汚していくのを眺めるのが楽しかった。雪合戦をしたり、雪だるまを壊されて怒ったり、かと思えばかまくらを協力して作ったり。その2人を遠巻きにちょっと小馬鹿にして眺める時間は、何にも代えがたかった。

「いっくしゅ!」
「もー、イザナもカクちゃんも鼻水垂れてる」
「うわほんとだ。イザナ汚ねぇ」
「オマエも垂れてんだろーが!」
「もう、2人とも汚いから! 早く拭いて」

 鼻をズビズビ鳴らしながら言い合いを始めた2人を笑い、いつしか3人で笑い合って。ストーブの前で暖を取りながら言われた「オレらは王国を作ることにした。なまえ、オマエも“天竺”に入れてやるよ」という言葉。それが嬉しくて嬉しくて。イザナはいつだって私に生きる価値をくれるんだって、そう思ったら涙が溢れた。普段は私が泣きべそをかくだけで茶化してくる2人も、その時だけは何も言ってこなかった。

「天竺か……。きっと、良い国になるんだろうね」

 そう言って笑えば、イザナもカクちゃんも笑って応えてくれるから。血の繋がりなんてなくても、私たちは繋がっている――本気でそう思えたのに。



「カクちゃん、」

 あの日々が遠く掠れて、再び白が覆いつくすようになってしまったのはいつからだっただろう。好きになれそうだと思っていた白が、再び憎いものに思えるようになってからどれくらい経っただろう。……私は結局、血という濃い繋がりの前に無力だった。変わっていくイザナを止めることも、戻すことも出来ず。ただただ歪んでいくイザナとカクちゃんを黙って見ることしか出来なかった。

「……悪い。オレだけが生き残っちまった」
「なんで……。なんで謝るの」
「オレが……オレなんかの為にイザナが……」

 病院の一室。連絡を受けて駆け付けた時には何が何だか分からなくて。真っ白になった頭に事情を詰め込まれた時、1番に思ったことは“カクちゃんが生きてて良かった”ってこと。イザナが死んだって聞いた時は、確かに絶望を感じた。でも、私にはまだ希望も残っている――カクちゃんの存在のおかげで気持ちを強く持つことが出来た。……それなのに、どうしてカクちゃんは自分が生きてることを謝るの。

「やめてよ! お願いだからっ……“生きててくれてありがとう”って、言わせてよ……」
「なまえ……」
「カクちゃんまで死んじゃったら私……私、ほんとに何もなくなっちゃう……っ」
「なまえ、」

 虚ろに漂っていたカクちゃんの瞳に光が灯る。その光がポロポロと透明な想いを零し、カクちゃんは何度も「ごめん」と言い続けた。私にはそれが“生きたい”って言ってるように聞こえて、その言葉を零す度に何度も頷き返した。そうやって互いが気持ちを吐き出して、体が空っぽになるまで泣き続けて。私たちは再び真っ白になった。



「待たせた」
「んーん。私も手、合わせて来ても良い?」
「あぁ」

 カクちゃんと一緒に訪れたのは3人で過ごした施設。そこでイザナを弔い、私たちは新たな1歩を踏み出すことを誓った。それをイザナに報告し終え、カクちゃんのもとへと戻る。そうして歩き出す歩幅はちぐはぐだけど。……今は、それで良い。

「私たちは上手に生きられないね」
「……そうだな」
「でも、生きてる限りは何度でもやり直せる」
「……あぁ」
「間違える度に白く塗りつぶして、やり直して。でもきっと、繰り返し続ければ真っ白ではなくなるんだと思う」
「そうかもな」
「ちょっと汚くなっても良いから。下手くそでも良いから。一緒に、生きて行こうね」
「あぁ」

 私たちは赤い血でも、赤い糸でも結ばれていない。……でも、真っ白なんかじゃない。見えなくても、確かにそこにそれは存在するんだ。

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