嵐山准は何度も死ぬ

 最近、准とうまくいっていない。
 うまくいっていないと言うのはちょっと違う。私が、准を避けている。

「なまえ!」
「じゅ、准」
「今から帰りか? それなら――」

 一緒に帰ろう! と続くであろう准の言葉に差し込むように「ごめん」と放ち、「ちょっと用事があるから……またね!」と逃げる。くるりと背を向け歩き出す私を、きっと准は寂しそうな顔で見つめているのだろう。なんで、どうして、ってハテナを浮かべているかもしれない。……ほんとごめん、准。准は何も悪くないの。



「嵐山くん、元気ないみたいよ」
「……で、すよねぇ」
「ふふふ。言っちゃえば良いのに」

 隣を歩く加古さんは、心底楽しそうに唇に手を当て微笑む。言ってしまえば准は“そうだったのか”と納得して笑うのだろう。そして、准のことだからきっと“俺の為にありがとう!”とはにかんでみせる。そんな准の反応も嬉しいし、望むものではあるけど。まだそれを欲しがる段階じゃない。

「そんなに頑張らなくても、なまえちゃんは充分嵐山くんの彼女としてお似合いだと思うわよ」
「ありがとうございます。……でも、やっぱり何か1つくらいは胸を張れるものが欲しいんです」
「ふふっ、じゃあ今日も一緒に頑張りましょうか」
「よろしくお願いします!」

 吸い込まれるように入るのは加古隊の作戦室。私と加古さんの手に握られた買い物袋を見た人は、きっとここで今から何が作られるか想像するに容易いことだろう。――加古さんと、買い物袋を見た人は。



「ありがとうございました。今回のは結構自信作でした」
「次はいくらにカスタードでも合わせてみようかしら?」
「それ、良いかもですね!」

 加古さんにお礼を告げながら作戦室を出て歩く道。持たせてもらったチャーハンを見つめながら次のレシピを思い浮かべている時、「なまえ!」と聞き慣れた声から、聞き慣れない口調で名前を呼ばれ腕を掴まれた。

「うわっ、じゅ、准!?」
「……なまえ、」
「え、どうしたの」

 2度呼ばれた名前。そのどちらともが准から呼ばれるには聞き覚えのない声色で。チャーハンから准へと視線を移せば、そこには眉根を寄せて私を見つめる准が居た。……准、怒ってる? それとも、悲しんでる? とにかく、喜怒哀楽の“喜と楽”しか知らないような准が、“怒と哀”を滲ませている。その原因は、間違いなく私にある。……あぁ、こんな顔させるまで我慢させちゃってたんだ。なんてことをしちゃったんだろう、私。1番大事な人の想いを無視してた。

「ごめん准。あっちで話そう?」
「……分かった」



 誰も使っていない会議室。そこに2人で入り、向かい合って座る。どこから事情を話そうかと迷っていると、「俺以外に好きなヤツでも出来たのか」と覚悟を決めた様子で准から尋ねられた。

「ち、違う! それは断じて違う!」
「でも最近、俺のことあからさまに避けてただろう」
「それは……ごめん、」
「俺が何かしただろうか」
「ううん、准は何も悪くない」

 本当はもっと上達してから言うつもりだったけど。……これ以上准を悩ませるくらいなら、もういい。私には無理だったんだと諦めよう。

「チャーハン、作ってたんだ」
「ちゃ、ちゃーはん……?」
「うん。実は加古さんの所でチャーハンの特訓してた」
「待ってくれ。……なぜだ」

 予想もしていなかったワードに、准は待ったをかけた。そうして少し考えたのち、自分では処理しきれず素直に問うてきた。その様子に申し訳なさを感じつつ、「准に相応しい人になりたくて」と種を明かしても「え、俺?」と頭の上にハテナを増やすだけ。……これでも私だって色々考えた上でのことなんだけどな。

「准はボーダーの顔で、市民からも愛されてる。それでいて准は愛されるだけの資格がある。私は、そんな准が自慢の彼氏」
「……なまえ」
「でも、そんな准の彼女だからこそ。私も准の彼女として相応しいと思われたい」
「未だに状況がよく掴めていないんだが……。ひとまず、なまえは俺の為に料理を習っている――ということで良いんだろうか」
「……うん。本当は自信持てるレベルになってから言うつもりだったんだけど……。ごめんね、私が不器用なせいで准に嫌な思いさせちゃってた」

 料理なら、准の体調を支えることだって出来る。美味しいって気持ちを提供出来る。デートに行った時、お弁当を持って行くことだって出来る。「美味しい!」と笑う顔を見ることが出来る。その手始めとしてチャーハンを作れるようになりたかった。……結果は不甲斐ないものになってしまったけど。

「准……っ!?」

 立ち上がってこちらに来たかと思えば、腕を引っ張られそのまま抱き締められた。プレスして潰されるんじゃないかってくらい強い力で抱き締められ、ちょっとの息苦しさを感じていれば「ばか!」と叱られてしまった。

「ば、ばか……」
「俺が……どれだけ不安だったと思ってるんだ」
「ごめん……ほんとにごめんなさい」
「……嫌われたわけじゃなくて、本当に良かった」
「うん。……私は、准のこと大好きだよ」

 予想していた反応とは違ったけど、そのことがどれだけ准に想われているかを痛感させてくる。ふっと緩められた力を見計らって私の腕も准の背中に回せば、准の顔がぐりぐりと首筋に押し付けられた。

「A級のフロアでなまえを見た時、驚いた」
「……見てたんだ」
「俺の隊に用かと思えば、別の作戦室に入っていって。……血の気が引いたよ」
「加古さんと一緒だったんだけど、見えなかった?」
「冷静に考えれば分かったことかもしれないが……余裕なんてなかった」
「えへへ。そうなんだ」

 私のこととなると、こんなにも前が見えなくなる准が可愛い。その思いで背中を撫でてみせれば、仕返しのように抱きしめる力を強められた。思わず「ぐえ」とうめけば「彼氏を不安にさせたくせに笑うんじゃない」と叱られてしまう。……あぁ、これは結構拗ねてるな。

「ごめんなさい。前が見えなくなってたのは私も一緒」
「……俺の為に何かを頑張ろうとしてくれるなまえが、俺も大好きだ」
「うん。……ごめんね「ごめんはもういい」……え」

 遮られた言葉に驚けば、肩を押され至近距離で見つめ合う。そうしてすぐに額を寄せられれば、至近距離で映る准の顔。「……好きだって言ってくれ」と伏せた瞼の奥から零れ出るわがまま。そのわがままを叶えるのは、彼女である私の役目だ。微笑ましいわがままを愛おしく思いながら「好き。大好き。世界で1番、誰よりも大好き」と告げれば、もう1度抱き締められた。

「避けられていた分、まだ足りないくらいだが……。それはこれからじっくり返してもらおう」
「……はい。喜んで」

 ようやく解放され、仕上げに2人で笑い合えば「そういえば」と准が閃いたように言葉を発した。そうして指差す先は加古さんと一緒に作ったチャーハン。

「これからは、俺も一緒に特訓に付き合っても良いだろうか」
「もうバレちゃったし。お願いしようかな」
「……もし良かったら、さっそくこれを食べてみたいんだが」
「ほんと? これ、結構自信作だから是非!」
「あぁ! いただきます!」

 2人してうきうきしながらチャーハンを広げ、准がスプーンに大量のチャーハンを掬い口に運ぶ。そうして数秒の時が流れ、飲み込んだ後の期待の第一声。

「……加古さんから習うのは……その、」
「うん、何々」

 どんな感想が出てくるのだろうとわくわくする私に、准は“チャーハン以外でお願いしたい”というオーダーを付けた。不味かっただろうかと准からスプーンをもらい、私もチャーハンを食してみる。……うん、蜂蜜とししゃもが絶妙な絡みをしてて良い味だ。

「……だめ、だった?」
「…………いや、だめ、じゃ、な……いが……」
「准?」
「……食べる! 全部食べる! う、うまいぞ!」

 准は嘘を吐くのが下手くそだ。今も冷や汗をかきながらチャーハンをかき込んでいる。……どうせなら一風変わった料理を――と思ったけど、やっぱり普通のチャーハンを習うか。

「ごめん准。奇をてらい過ぎた」
「……良かった、なまえの味覚が独特なのかと思った」
「あはは、ちょっとやり過ぎてマヒしてたかも」
「……俺の為にありがとな」

 そう言ってもう1度私を抱き締めた後、准が「いただきます!」と手を合わせ、蜂蜜ししゃもチャーハンを掻き込みだした。そうして、「お茶を……もらえないだろうか」と言いにくそうにオーダーがつくのは、そう遠くない未来の話。

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