天獄

13-14巻時空


 ふわふわと揺れる毛が天使の羽のようだと、マイキーを見つめる度そんなことを思った。そして、その思いはふわりと緩められる笑みによって強くなる。

 マイキーといつどこで出会ったか、そういうものはもうすっかり忘れてしまった。ただ、気が付けばいつも隣にマイキーが居た。……こういう言い方をしたら、「違うよ。なまえが俺の隣に居るんだろ」と拗ねながら訂正されたかもしれない。
 なんでも良い。とにかく、私たちはずっと一緒だった。だった――なんて言い方をすることになるなんて露にも思わない程に。ずっと隣に居ることが当たり前で、それが続いてゆくんだと信じて疑っていなかった。

 この思いが過去形になってしまったのは、マイキーが変わってしまったから。……正直、この言い方が正しいのかも分からない。形容しがたい暗い何かに覆われてしまった今のマイキーは、もしかしたらずっとそこに居たのかもしれない。私がその存在に気付いてあげられず、見えないものとして扱ってしまったから。“俺を無視するな”と主張するように、天使のような微笑みを奪い表に出て来ただけの話なのかもしれない。

 ふわふわと揺れる髪の毛も、緩やかに笑う口角も。今のマイキーには何1つない。ただそこに居るのは、“巨悪”と呼ぶに相応しい人物。でも、私はそんな彼でも間違いなく“マイキー”だと思えた。今目の前に居る彼は、私の隣に居た、私が隣に居続けた人なのだ。だから私は、どんなマイキーでもその隣に居たかった。どんな彼でも、マイキーはマイキーだと受け止めたかった。

「なまえのこと殺したら、どんな感情になると思う?」
「……寂しいって思ってくれると嬉しいけどな」
「多分俺、何も思わないと思う」
「そっか……」
「もう、ここまで落ちぶれちゃったよ」
「マイキー……」
「だから、なまえのことを1番に殺したかった」

 額にひんやりと重たい痛みが押し付けられている。その先にある瞳に光は見えず、彼がこれから進むであろう闇を予感させる。もう、私の隣にも、マイキーの隣にも熱を感じることは出来ないのだろう。私は、マイキーのこれからにとって邪魔な存在らしい。

「せめて……全部が終わってから殺して欲しい」
「それじゃダメなんだ。全てが終わった時、なまえがこの世に居たらお前は天国に行けなくなる」
「私は、」
「だからバイバイ。なまえ」
「ま、」

 額を中心に体全体に衝撃が走った。“待って”とも、“マイキー”とも紡げず、私の最後の想いは形作ることなく消えた。もっとたくさん言いたいこともあったはずなのに。もっともっとマイキーの側にしがみ付いていたかったのに。それら全てがもう叶うことはないのだということだけが、薄れゆく意識に残り漂った。

 ……天国なんて、行きたくないなぁ。もしマイキーが地獄に落ちるというのなら、私も一緒に落ちたかった。一緒に、堕ちてあげたかった。そうすれば、そこが私にとっての天国なのだと思えたかもしれないのに。

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