手に持てる宝石の数は決まっているから

「デパコス」
「雑貨屋」

 せーの、で口にした候補地はものの見事にバラバラで。“デパコス”と口にした野薔薇と顔を見合わせ、「全然合ってないじゃん!」と同時に噴き出した。絶対揃うと確固たる自信があったというのに。あの自信は一体なんだったのだろうか。

「最初はグー! じゃ「待て」

 どちらからともなく口にしたじゃんけんの掛け声。それが不揃いに萎んでしまったのは、事の成り行きを見守っていた伏黒のせいだった。それに2人分の気持ちを乗せた「何よ伏黒」と野薔薇の棘のある声が応じてみせる。

「こっからまた店巡りに付き合わされるのはごめんだ」
「仕方ないでしょ。行きたいお店がそれぞれ違うんだから」
「……せめて1つに絞ってくれ」
「え、無理。せっかく空いた時間なんだし、行きたい場所に行きたい」

 だよねー、と首を傾げ同じ声色で同調し合う私と野薔薇。私たちの意見は一致している。そこに荷物持ちとして同行している伏黒と虎杖の意見が反映されることはない。というか、ほとんどの荷物を持ってくれているのは虎杖だ。その虎杖自身は「じゃんけんに勝った方の店が先ってことね! 了解」と、なんともまぁ聞きわけの良い態度。虎杖って絶対モテるよな、とこういう時に思う。それに比べて伏黒は――……いや、伏黒も大してなじる部分はないな。今もこうして一応は買い物に付き合ってくれているわけだし。

「おい虎杖。お前釘崎について行け」
「ん? 伏黒は?」
「俺はみょうじについて行く」

 それで勘弁してくれ――とため息交じりに出された妥協案。それぞれ別れて行動をして、少しでも時間を短縮したいという伏黒の思惑が見える。……せっかく空いた時間を好きなように使いたいと思うのは伏黒だって同じだろう。こればかりは呑むしかない。付きあってもらっているのは私たちの方だ。

「仕方ない。……今度の休み、一緒に買い物行こうね。野薔薇」
「良いわね! 賛成! 良いわね!? アンタ達」
「りょ!」
「ハァ!? だったら別に今日行かなくても「行くわよ、虎杖!」ちょ、オイ!」

 伏黒の叫びなど野薔薇に届くはずもなく。「じゃ、また後で!」と手を振る虎杖に手を振り返し、呆然と立ち尽くす伏黒の肩に手をかける。……諦めろ伏黒。私と野薔薇という女子2人と同級生になったことが伏黒の運の尽きなんだ。

「ピアスが欲しいんだよね。伏黒、一緒に選んでくれない?」
「……あぁ」
「あ、早く帰りたいからって適当抜かしたらぶん殴るから」
「……勘弁してくれ」



 辿り着いた雑貨屋。伏黒は意外にも真剣にピアス選びに付き合ってくれて、そのおかげもあって納得のいくピアスをお迎えすることが出来た。もし相手が虎杖だったら、“こっちも良い”“あっちも良い”と2人して途方に暮れていただろう。その点では「みょうじならこっちのデッケェ方が似合うと思う」と言い切ってくれる伏黒で良かったと思う。
 もしかしたら伏黒は、つい色々と悩んでしまう私の性格を分かった上でこの采配をしたのだろうか。野薔薇は虎杖に“どの色が良いと思う?”なんて意見を尋ねることはしなさそうだし。……さすがは伏黒。同級生の性格を良く分かった上で、なおかつ早めに終わる人選をしてみせたということか。

「あ、このお店気になる!」
「……そこのソファで待ってる」
「ありがと! ちょっと見てくる!」

 だけどそこは私。いくら伏黒が早めに買い物を終わらせてみせても、好奇心なんていくらでも湧いてくるのだ。ごめん伏黒、もうちょっとだけ買い物に付き合って――そういう気持ちで見上げてみれば、伏黒は目を伏せ許可をくれるから。やっぱり伏黒も良いヤツだ。






―飲み物買ってくる

 伏黒からラインが届いたのは、レジで会計をしている時だった。飲み物、買っちゃうんだ。せっかく私がコーヒーの1つでも奢ってやろうと思ってたのに。……ま、いっか。儲けたと思っておこう。

「はぁ〜……結構良い買い物出来たんじゃない?」

 会計を済ませ、伏黒が座っていたソファーに腰掛け荷物を覗き込む。ピアスに指輪に……うん、良きかな。あとは伏黒が帰って来たら買い物終了だな。早く帰って来い、伏黒。私を待たせるとは一体何事だ。

「野薔薇たちどうだろ」

 伏黒を待つ間、野薔薇に状況を尋ねようとスマホを覗き込んだ時。「すみません」と頭上から声をかけられた。少しずらした視線の先には、大きめのスニーカーが4つ。そこから足を辿り見上げた先では、「行きたい店があるんスけど、ココ知ってます?」とスマホの画面が待ち構えていた。その奥に居座るニヤニヤとした顔のオマケ付きで。

「あー、知らないです。適当に歩いてたら見つかるんじゃないですか」
「じゃあ一緒に歩いて探してくれません? 荷物俺持つんで」
「人待ってるんで」
「それまでには店も見つかると思うんで」
「……ハァ」

 相手が女だからってなめてるな。……大体、ナンパ場所として商業施設を選ぶって。そのセンスどうかしてると思いますけど? 何、プリクラでも撮れば良いの? それで満足? お茶はフードコート? 中学生か。

「ほら、早く」
「あ「悪い、待たせた」……おぉ」

 あのねぇ、という言葉はまともに紡げなかった。それは、私たちの間に入り込むようにして立ちはだかった伏黒のせい。伏黒は男2人相手に怯むこともなく、ただじっと見つめ続けている。その眼光に怖気づいたのか、「なんでもないです」と下手くそな愛想笑いを浮かべて退散してゆくナンパ男たち。伏黒って絶対モテるよな、とこういう時に思う。

「ありがと。私あともうちょっとで殴る所だった」
「だから守ってやったんだろ」
「……え?」

 伏黒の言葉を訊き返しても、まともな返事はくれず。「アイツらもいい加減終わってんだろ」と言いながら、伏黒は私の荷物を持って歩き出す。その後を慌てて追えば、伏黒は僅かに歩幅を緩めてみせた。

「荷物持ちとか、色々とありがとう」
「その為について来てんだろ」

 さも当然という口調で返されてしまえば、思わずにやけてしまう口元。いや柄にもなく照れてんじゃないわよ私。乙女か。……いやでもさっきの登場の仕方は中々に高得点だった。10点満点中10点をあげても良いくらい。

「さっき守ってくれたけど。私、そんな弱っちくないからね」
「知ってる」
「……えっ」

 照れ隠しで強がってみせれば、それすらも上回る言葉で返されてしまい、ついには固まるしかなくなってしまう。“みょうじなら大丈夫だろう”と放られるのも嫌だけど、“弱い”と思われるのも嫌。そういう微妙なラインを、伏黒は絶妙な態度で返してみせる。……伏黒ってもしかして、めちゃくちゃ最高な男なのでは?

「だから守ってやったんだろ」
「は?」
「あの野郎共のこと。みょうじから殴られる前に」
「…………ハァ〜…………」

 はい前言撤回。出た、コイツのこういう所。まじ伏黒。やっぱ虎杖のがモテるわ。虎杖のが満点の答え出すわ。……はぁ〜。まじ。まじコイツ。

「ん」
「あぁん?」
「みょうじはこれで良かったよな?」

 そう言って差し出されたのは、私がよく飲んでいるカフェオレ。……あれ。やっぱ意外と伏黒も高得点マークしているな?

「……ありがと。今度お礼する」
「別に良い。ついでだ」
「……伏黒と付き合う彼女は幸せになるんだろうね」
「は? なんだよ急に」
「いやぁ、なんか急に思った」
「んだそれ」

 虎杖と付き合う子もだけど。ウチの高専男子、意外と良い男なんじゃない? 今度野薔薇と議論してみよ。

「俺はどっかのお人好しと違って選んでるだけだ」
「何を?」
「人を」

 伏黒の言葉は端的過ぎてうまく捉えることが出来ないけど。きっと、“優しくする相手を選んでる”って言いたいのだろう。野薔薇も前にそういう感じのこと言ってたから、なんとなく分かる。それに、私だってそういう選択は常にしてる。

「なるほどね」
「……みょうじは」
「ん?」
「選んでんのか」
「そりゃもちろん。選びまくりよ」
「……そうか」
「選ばれるのも嬉しいけど、選ぶのも良いものじゃん?」
「……そうか?」
「そうだよ。私が相手を選んで、その人だけに特別な気持ちを向けられる。幸せなことじゃん」

 そのことに罪悪感も後ろめたさも感じたことはない。私自身が大切だと思う人にだけ“大切にされている”という幸福感を与えられれば、それが私の幸せに繋がる。私の世界なんてどうせ狭いんだから、そこで完結させてしまえば良い。私の考えはこうだと、この先もきっと揺らぐことなく生きてゆくのだろう。

「……そう、なのかもな」

 伏黒は私の答えに対して噛み締めるような間を置いた後、そっと受け止めてみせた。言葉の結びと共に伏黒の口元が少し上がっていたので、伏黒にとって私の考えは是と捉えられたのだろう。

「野薔薇たち、もうちょっとで終わるんだって」
「もうちょっとって。ぜってぇ30分はかかんだろ」
「ね、フードコート行こ」
「は? なんで急に」
「クレープ食べたい! 特別に伏黒にも奢ってあげる!」
「別に要らねぇ」
「良いから! 選ばせてあげるから!」
「選ばせてあげるって……」

 尚も口答えする伏黒の腕を引っ張り、フードコートへと足を向ける。諦めろ伏黒。だってアンタは――

「私が選んだ特別な人だから! 選ばせてあげる!」
「……なんだそれ」

 そう言って溜息を吐くくせに。伏黒の口元はいつだって緩やかな弧を描いているのだ。

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