switch-on

 このご時世、ありのままを曝け出す人なんて居る? ましてやここは、人生の中で1番多感な時期を過ごす人間が集まる場所。そんな所で本心むき出しになんてしたら、あっという間に孤立する。

「なまえって誰応援してるんだっけ?」
「この人」
「うっそまじ? おっさん顔じゃん」
「そこが良いんじゃん」

 なまえの趣味まじで意味不明――そう言って歪められる顔に、嫌悪は浮かんでいない。苦笑する友人の瞳の奥を覗いてみたらきっと、“除外”の2文字が浮かんでいるのだろう。……もしここで私が、写真の真ん中に居座る人物を指差していたら話は違ったかもしれない。

「今度の練習試合、差し入れでも渡してみたら?」
「んー、別にそこまでは」
「なんでー? 良いじゃん、行きなよ。もしかしたら付き合おうってなるかもだし」
「んー。んん、」

 曖昧な笑みを浮かべその場をやり過ごそうとしていれば、助けを出すようにチャイムが鳴った。そのことにホッと溜息を漏らせば「アホくさ」と冷たい声が届いた。

「……何」
「ほんとに好きならその先輩とみょうじ、繋げてやるけど」
「そんな気ないくせに」
「ないけど。みょうじがどうしてもって、頼むなら」

 面倒くさいけどやってやらねぇこともない――だって。本当にコイツの性格は歪んでいる。今から次の授業が始まるというのに、国見は顔を机に突っ伏しあくびをしてみせる。
 この無気力人間がこんなことを言うのは、私で遊んでいるからだ。1度孤立したら終わりのこの人生ゲームで、落ちないように必死に綱渡りする私の様を高みの見物で嘲笑っている。

「じゃあお願いしようかな」
「……バカじゃねぇの」

 そう言って視線を逸らす国見は、どうやら授業からも意識を逸らすことを決めたようだ。そうして閉じられる瞳と共に「お前のタイプ、ちげぇだろ」と放たれた言葉は、悔しいくらいに的を射ていた。



「俺に話って……?」
「えっ。いや、あの……」

 泳がせた視線の先には“頑張れ!”と形作る唇と、拳を上に持ち上げる腕が居る。誰が頼んだ、こんなこと。友達に「ちょっと待ってて」と言われ、体育館裏で待ちぼうけを喰らっていればこの状況。私は別にこの人と付き合いたいとも思っていないし、正直格好良いとも思っていない。

「えっとみょうじさん、だっけ? よく練習試合に来てくれてるよね?」
「そうですね、はい。まぁ、」
「それって……、」

 あぁ、まずい。完璧“俺に気があるんだろモード”だ。いやこの先輩は何も悪くない。悪いのは私だ。適当に指差した人がこの人だっただけで、先輩からしてみたら思わぬ白羽の矢を立てられただけの話。どうしよう、今先輩はこの先にある“青春”を思い浮かべてハラハラドキドキしているのかもしれない。

 最低なことを言う。
 そんなのまっぴらごめんだ。この先輩がまともに試合に出てる所を見たことがないし、そんな人を知ることなんて無理な話。だから私はこの人のこと、何も知らないし好きになれる要素もない。これからそれを知る為に付き合いを持とうとも思えない。……私の本心、最低だな。

「良かったら一緒に帰らない?」
「あー……、」
「みょうじー、先行ってるぞ」
「えっ?」

 スタスタと校門へと歩みを進める国見。その声にハッとし「す、すみません! 私はこれで!」と逃げ出す私を「えっ? えっ!?」と戸惑う声が追う。それを振り切るように足早に追って並んだ人影。その片割れが「やるんならもっと賢くやれよな」と棘のある言葉で胸を刺す。

「……ごもっともです」
「みょうじって中学の時からそうだよな」
「え?」

 流れで一緒に帰ることになった国見がポツリと言葉を漏らす。その声に棘はなく、ただ単純な私見を述べているようだった。国見から見た私はきっと本質的な私なんだろうなと思ったら、その言葉の続きが気になった。

「本当は可愛いものが好き、イケメンも好き、スペックは盛るだけ盛ってた方が良い、誰かが良いって言ってたら自分もそれに惹かれる。そういう人間だよな」
「……っ、」

 間違ってない。全部当たり。だから本当は人気と名高い及川先輩のファンだし、あの写真でも及川先輩のことを指差したかった。でもそんなことしたら一発アウト、サドンデスだ。だからわざとに本当の部分をぼかして“敵じゃないですよ”と必死にアピールしている。これが私の生き抜き方で、それしか出来ない。

「そんでそういう自分必死に隠しておどけて。結果おもしろがられてこんな目に遭ってる」
「……中々言いますね」
「助けてやったのは誰」
「アリガトウゴザイマス」

 片言の礼を告げれば、ふんっと鼻を鳴らされてしまった。……さすが国見。伊達に中学から付き合ってないってか。3年以上の付き合いともなれば、必死に隠していてもボロが出る。これでもうまく隠していたつもりだったけど、国見にはその程度の誤魔化しなんて通用しない。通用するのは金田一くらいだ。

「そういえば金田一は?」
「置いてきた」
「エッ。なんで」
「遅いから」
「え意外。こういう時、準備遅いの国見の方なのに」
「……クソしてたんだろ」
「いやそんな人見捨てて帰る? ちゃんと付き合ってあげなよ、友達でしょ?」
「なんで俺が金田一のクソに付き合ってやんねぇといけねぇの」
「うっわ薄情なヤツ」
「誰に向かって言ってんだよ」
「誰って、」

 国見以外の誰が居んのよ――とは言えなかった。それを言おうとした瞬間、別の思考が待ったをかけた。私が今こうしてへらへらと笑えているのは誰のおかげだ? そう自問した時、国見がここに居る理由を憶測してしまった。……だめだ、“私に気があるんだろモード”になるな私。

「つうかさ、そんな必死に隠す必要あんの」
「どういう意味?」
「そのまんまの意味。隠すほどレアでもないだろ、みょうじなんて」
「なんかその言い方失礼過ぎない?」
「もし好きなものが被ってたとしてもみょうじくらいどうともなんねぇよ」
「……ねぇ、ちょっと。さすがにムカつく」

 消えた。モードが消えた。危なかった、もうちょっとで自惚れる所だった。良かった良かったなんて安堵したのも束の間。「誰でもそうやって相手のことを推し測るだろ」という言葉に今度はグッサリと胸を突き刺されてしまった。……それ、私がさっき最低だと思った自分の本心だ。

「それのどこが悪いの」
「え?」
「そんなの俺だってやってるし。賢くやれる部分は賢くやんねぇと」
「……はぁ、」

 貶してるのか慰めているのか。一体私はどういう感情になれば良いのかが分からなくて、気の抜けた声を発することしか出来ない。「まぁみょうじは下手くそだけど」という言葉で少し苛立ちが躍り出てきた。

「ねえちょっと」
「そういう部分を見るの、面白いけど」
「ムカつく」
「そう? 俺は面白い」
「腹立つ」

 睨みを利かせれば、それには舌をベッと出して応じられた。なんにも悪びれてない様子にまた1つムッとしていれば、自分の中にあったモヤが晴れていることに気が付いた。……みんな、同じくらい自己中なのかもしれない。私も、みんなと同じ。そう思えたらちょっとだけ気が楽になれた。今度あの先輩に会った時、挨拶くらいはちゃんとしよう。それくらいのことは私にだってうまく出来るはずだ。

「私レベル、どこにでも居るしね」
「自分で言って悲しくなんねぇの」
「いやさっき国見から同じようなこと言われましたけど?」
「は? 言ってないし」
「いや言ったし」
「言ってねぇ」

 変な所に喰いついてくるなと思えば、「みょうじはみょうじだろ」と難解な言葉を返された。……この場合は喜べば良いのか? その疑問を抱えたまま国見を見つめ返せば、ふっと小さく溜息を吐かれてしまった。

「ありがちな部分ばっかでも、みょうじなら違うってことだよ」
「……はぁ?」
「特別視してるってこと」
「……はぁ!?」
「ここまで言わねぇと分かんねぇとか。ほんとアホ」
「いや待ったまだダメ。“私に気があるんだろモード”発動しちゃダメ」
「何ソレ。よく分かんねぇけど……さっさと起動させとけ」
「……良いの?」

 ありのままの私を知っていて、それを受け入れてくれて。最低だと責めた本心をありがちなものだと言い切ってくれた。そして、そんなありがちな私を特別視してくれている国見。

 最低なことを言う。
 まぁまぁアリなんじゃないか。国見だって人気だけど、狙っている人が多い及川先輩に比べると、受ける敵視はまだ少ない。それに、国見の隣でなら着飾ることもしなくて済みそうだ。普遍的な感性を持ったまま、自信を持って“これが私だ”とありふれた笑顔を浮かべられる気がする。

「……うん。悪くない」
「今俺のこと品定めしただろ」
「した」
「途端に正直かよこの野郎」
「でもそういう私が好きなんでしょ?」
「別に好きとか言ってねぇ」

 つっけんどんな返事を寄越してくるけど。そんなの気にならない。スイッチはもう押されているのだ。

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