まばたく頃には愛になる

 冬の寒さは寝起きの体にこたえる。さきほどまで何かの夢を見ていた気もするけれど、それがなんだったかまではぼやける脳では分からない。毛布から出ている顔を毛布の中に潜らせれば、少しの息苦しさと包み込むような温かさが体全体を覆った。

「芋虫かっちゅうねん」
「んー……寒い、やめて」
「はよ起きぃや。休みやからいうて遅くまで寝てたらリズム崩れる」
「……北さんみたいなこと言わんといて」

 毛布を力強く剥がされ生身になった途端、体全体で冬の厳しさを思い知る。いくら暖房がきいているとはいえ、長時間かけて温めた毛布の心地良さには及ばない。恋人の手によってさらわれてしまった毛布を掴もうと身体を捩れば、「おはよう」とニッコリ微笑んでくる治。朝からどうしてこんなに爽やかな笑みを浮かべられるんだろう。高校生の時なんて、ムッスリとした表情を浮かべていることもあったのに。“侑よりかは早起き得意”程度だったはずの治は、社会人になってから見事に規則正しい生活リズムを手にしている。

「今日はゆっくりする日やんか」
「そうやけど。はよゆっくりしたいやん」
「……はよゆっくりって。どっちやねん」

 もそもそ喋りながら再び寝入ろうと治に背を向ける。2人の休みが重なった貴重な日。そういう日は外に出て買い物をしたり、ご飯を食べに行ったりと色んなことを2人で一緒にする。だけど、たまには家にこもって何もしない日だってある。そういう日も好きだから、今日のおうちデートも楽しみではある。……でも、もう少しだけこの居心地の良さを味わっていたい。

「そんじゃ俺も寝よかな」

 頭上でそんな声が聞こえたかと思えば、すぐさま抱き着くような形で治がベッドに侵入してきた。

「……わっ、冷たっ」
「なまえの手はあったかいなぁ」

 触れた指先の冷たさに驚いて目を見開た先では、ひとまわり大きな手が私の手を楽しそうに弄んでいる。
 そうして触れ合っていれば、冷たかったはずの感覚が消え去り治の手が馴染みだすから、このままでも良いかと思う。……たまには2人で朝寝坊も良いじゃないか。

「……ん?」

 先程まで見ていた夢がすぐそこに見えた時、馴染んでいたはずの温度に再び冷たさが走った。その後に感じる重みを不思議に思って目を開けば、4つの手のうち1本の薬指に銀色の輪っかが通されていた。手は小さい方。左右は左。指輪が嵌められた薬指は、私の意志で動かすことが出来る。……つまりこの手は私のものだ。

「う、うそ……」
「ほんま。結婚しよ?」

 眠気もまどろみもぶっ飛んだ。勢いよく体を起き上がらせれば、隣で眠る治は穏やかな顔で見上げてくる。治の視線なんてガン無視で、私の視線は自分の左手に釘付け状態。……そりゃ治と結婚したい、出来たら良いなとは思っていた。思っていたけれども……!

「教えてくれたらもっとちゃんとしたのに……!」

 せっかくのプロポーズ。治はこの指輪を嵌めるまでに色んな過程を踏んでくれたのだろう。そんな大事なイベントは私ももっとお洒落をして、綺麗で可愛らしい状態で頷いてあげたかった。今の私はそんな理想とは正反対だ。髪の毛はぼさぼさで、服だって寝間着で、顔なんてどすっぴん。

「めちゃくちゃ嬉しい。……でも、何も寝起きにしてくれでんも、」
「俺は今のなまえにプロポーズしたかってん」
「え?」
「ありのままのなまえに受け入れて欲しくて」
「……なるほど。そっか、それやったら寝起きが1番やな」
「うん。これからも毎日、寝坊助ななまえを起こさせて」
「……それは多分、」

 治も体を起こし2人でベットの上で向かい合う。左手から愛おしい恋人へと視線を移し「幸せな朝になるんやろうな」と微笑めば、治の顔も幸せそうに緩む。

「朝メシ、準備したから。一緒に食べよ」
「うん」

 とても幸せな1日の、人生の1歩目を、治と歩むことが出来て幸せ。そんな気持ちを抱えてもう1度見つめた指輪は、とても暖かい温度で指に馴染んだ。

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