攻防戦

 隠岐には付き合っている女が居る――ボーダー内でまことしやかにささやかれている噂。ほかにも色々と噂が飛び交う男だけど、その中で唯一“正しい”と言い切れる噂が1つ。

「なぁ、そろそろ公表せぇへん?」
「嫌、駄目、却下」
「3連発エグいわぁ」

 1番肯定してはいけない噂が真実であるだなんてバレた日には、私はきっとボーダー、いやボーダー外でも蜂の巣間違いなしだろう。だから誰よりもこの秘密の関係に細心の注意を払っているというのに。この男は平気でオフの日は連絡を絶ち切って私との時間を優先してみせる。……嬉しい、確かに嬉しい。好きな人から大事にしてもらえること自体は、頬が溶けだしそうなくらいに嬉しい。……ただ、こういう対策をとらないといけないのは隠岐のせいでもあるので少しは協力してくれても良くないか。

「なぁ、なまえ」
「待って。イコさんから電話」
「えーそんなん無視でええやん。おれも出てへんし」
「アンタがシカトするから私に来るんでしょ」

 もたれかかってくる隠岐を押しのけながら携帯を耳に当てれば「もしもし。俺やけど。俺めっちゃ元気やで」とふざけた声が響く。その声に「はいはい。どうしました?」と尋ねれば「いや普通そこで“元気かって尋ねる側やろがーい”的なツッコミやん。なんで?」と面倒くさい絡みをされる。……隠岐が電話無視したくなるの、ちょっと分かるなと思いつつも私までそうするわけにもいかず。

「で、どうしました?」
「隠岐知らん?」
「知らないですねぇ。アイツもオフですし、どっか行ってるんじゃないんですか?」
「そうかなぁ。卓球でもしてんのかなぁ」
「かもですねぇ。とにかく、私は知りません」
「マジかぁ、生駒隊のヤツら全員に訊いても知らんって言うし。……俺もギターの練習しようかな」
「あー、良いんじゃないですか。ギター、女子にモテますよ」
「やっぱり!? なまえちゃんもそう思う?」
「あんまり思いません」
「思わへんのかい」

 大体、イコさんはどうしてオフの日に毎回隠岐のことを探すんだろう――その疑問は「アイツ、俺とかくれんぼしたいんかな思うて」なんて謎の理由を寄越された。そのせいで私はイコさんからの電話を毎回受けるハメになっているので、そろそろ隠岐が観念して電話に出るか、イコさんに諦めてもらうかして欲しい所だ。

「じゃあ料理に趣味替えしようかなぁ。なまえちゃんどう思う?」
「良いんじゃないですか。料理、女子にモテますよ」
「やっぱり!? なまえちゃんもそう思う?」
「あんまり――「あんまりなまえとおれの時間横取りするん、やめてもらえます? イコさん。……そういうことやし、おれらこれからお楽しみなんで。じゃ」……は? ちょっ、」
「なまえもおれにイコさんの電話出て欲しかったんやろ?」
「そうだけど……そうじゃない」
「んー? あんま難しいこと言わんといて」

 そう言いながら肩口を押され、床に背中をぴったりと貼り付ける形になる。その上に覆いかぶさるこの男は、私の言っていることが決して難しくもなんともないって分かっている。分かった上でとぼけてみせるこの男がなんとも腹立たしく、恋しい。

「私、蜂の巣決定じゃん」
「そういう戦況は逃げるが勝ちやで。グラスホッパー、セットしといたがええかもな」
「……私は隠岐にメテオラぶっ放したい」
「うわぁ、おれの彼女こっわ」

 思ってないくせに。その文句は隠岐の唇によって防がれることになる。

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