きみしかいない夢中

 ずっと、夢を見ていた。とてつもなく、果てのない長さで。ずっと。
 眠っている間に見ていた夢はどれも居心地が良いものばかりで、“もういい加減起きよう”という気持ちと相反するように“まだこの夢の世界に居たいな”という感情を抱いていたのを覚えている。

 矛盾した感情を制したのは前者だった。ただ、厳密に言うと少し違う。正しく言うのであれば“「いい加減起きやがれ」とたたき起こされた”だ。
 そうして目覚めた先、私の瞳に映ったのは海のような広大さを見せる大地と、身長が伸びたように高くなった空だった。車や飛行機や街やビル。日常生活に絶対的に存在したものがまったく見当たらない。
 そのことを不思議に思い、ただ1人、唯一視認出来る人物にその謎を問えば、「文明が消え去った」と簡潔過ぎて逆に難しいと思える言葉で返された。

「意味分かんない」
「ククク。バカなお前にも分かるように言ってやっただろうが」
「千空私のことバカにし過ぎ。だから逆に意味分からない」
「……あ゛ー、なまえのそのカンストしたバカさ加減、懐かしいな」
「ちょっと。変な所で懐かしまないでよ。……てか懐かしいってなに?」

 ちょっと長めの夢を見ていたと思っていれば、この世界は私たちが生きていた時代から3700年もの時が経過しているらしい。……さすがに長すぎるだろう。
 千空による説明でようやく事の次第を理解し、“文明が消えた”ことも、“原始世界となった世界”も、“長い夢”を見ていた理由も腑に落ちた。

「てか、それならもうちょっと早く起こして欲しかったんですけど」
「あ? ンな簡単に言ってけど、俺がどんだけの死線乗り越えたと思ってんだ。ちーっとは感謝しやがれ」
「……そっか。ありがとう」
「……ククク。そう素直に言われると気味が悪ぃな」

 だって。ずっと夢の中でしか会えなかった千空とこうして会えたから。千空の声も視線も挙動も何もかも、ぜんぶ、全部本物だから。やっぱり夢から醒めて正解だった。

「会いたかったよ。千空」
「俺は別にそうでもなかったけどよ。夢にまで出てこられちゃ堪ったもんじゃねぇからな」
「えっ、千空も私の夢見てたんだ?」
「あ? “も”ってなんだ」
「私“も”見てたんだよ。千空の夢」

 ピクリと止まり、尋ねてくるのは科学者としての疑問。その問いに千空の彼女として夢見心地の言葉を返せば、「それは違ぇな」と一刀両断を喰らってしまった。

「こうしてなまえが生き返ることが出来たっつぅことは石化状態の間、意識はあったってことだ。なら、その状態で見てたもんは“夢”じゃなく“妄想”だな」
「も、もうそう……なんか……違うって言えないけど、言いたくないな……。自分の彼氏を妄想してたなんて」
「ご変態様だな」
「や、やめてよ! 自分の彼女のこと“変態”とか言わないで」

 顔を真っ赤に染め上げれば、「興奮してんのか?」とこれまた認めたくない事実を嫌な言い方で指摘してくる千空。このままでは埒が明かないと「じゃ、じゃあ夢ってどういう時に見るの?」と科学者に向けて質問をすれば「あ゛? そんなことも知らねぇのか。夢っつぅのはな――」と話題に喰いついてくれた。良かった。彼氏としての扱い方は3700年経った今でも変わってなかった。

「聞いてんのか?」
「あ、うん。それで?」
「だから。夢っつぅのは、簡単に言うと脳が“情報を整理する為”に見るもんなんだよ。寝る直前に考えてたこととか、良く夢に出てくんだろ?」
「なるほど! そっか。そういうことか。……ん? でもそれって――……」

 ある1つの疑問が湧く。これは彼女としてでもあり、純粋に科学に興味を持つ人間としてでもある。千空の言う通り、脳が得た情報を整理する為に見るであれば、それはきっと、脳がそのことをたくさん考えていたからだろう。ということは……ということはですよ、千空さん。

「千空が私の夢を見たっていうのは……」
「あ? ……あー、あれだ。夢を見るメカニズムも色々と諸説はあんだよ。それに、さっきのは言葉の綾だ」
「ふぅん? へぇ?」
「……あ゛ーうるせぇ」
「ふふっ。うるさいね」

 耳をほじりながら面倒くさそうに会話を切り上げた千空。その後ろ姿を懐かしいと思うと同時に、隠しきれていない真っ赤に染まった耳に愛おしさが込み上げてくる。

「……ばっか、こちとら薬剤扱ってんだぞ」
「ごめん。でも、夢の中じゃ抱き着きたくても抱き着けなかったから」
「あちぃから5分だけだぞ」
「うん。……千空、ありがとね」
「おー」
「会いたかった」
「……おー」

 ぎゅう、と確かめるように千空の背中に抱き着けば、5分だけそれを許してくれる千空。やっぱり、夢の中と違って暖かい。

「夢より100億%良いね」
「ククク、何回も言わせんな。そりゃ妄想だ」
「言葉の綾ですぅ」
「どこがだ」
「もう! 千空の性格、全然変わってない。……だけど、3700年経った今でも私を忘れずにいてくれて、迎えに来てくれてありがとう。千空、大好き」
「……おう」

 3700年間思い続けた人とこれからはずっと一緒に居られるのだと思うと、ここが原始時代でも構わないと思える。その隣に千空が居てくれるのならば。ここがどんな状況だって平気だ。

「ずっと一緒に居ようね」
「……あ、1つ言っとくわ。俺、バツ付いたから」
「…………は?」

 丸く終わると思っていた矢先、彼はこんな爆弾発言を投下してみせる。……なんというか……ほんとうに。夢なんかで終わる人物なんかじゃない。

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