両思い傘

 今日って雨降る日だっけ? なんて疑問、空に放ってみた所で無数の雫が止む訳でもなく。こんなにざぁざぁ降るなんて聞いてないんですけど? という怒りは心の中に留めることにした。

 さてどうしたものか……。置き傘もしてないし、濡れて帰るには勇気の要る第1歩になりそうな降水量。

「あ、換装体」

 トリオン体になれば風邪を引くこともないし、と閃きトリガーホルダーを鞄から出した時「トリオン兵でも出た?」とニヤついた声をかけられた。

「犬飼には連絡行ってない?」
「まったく。門が開いたんなら俺も行こうか?」
「……良い性格してる」
「どうも」

 そう言ってあげられた腕には傘が提げられている。わざとだ、絶対わざとだ。私がトリガーホルダーを握りしめるに至った考えもなにもかもを見透かして言ってるんだ。犬飼はそういう男だ。

「どうせ朝の天気予報見てないんでしょ」

 そう言って弧を描く目はハネた私の髪の毛を見つめている。寝坊したこともお見通し――ってですか。観察眼が鋭いことで。

「入りなよ」
「……は?」
「俺がこんなに良い性格してるって、知らなかった?」
「知らなかった。てっきりニヤニヤしながら私のこと見捨てるのかと」
「本当にそうしようか?」

 傘を広げて歩き出す犬飼に「お邪魔します!」と言いながら後を追えば、「いくらトリオン体といえど、びしょ濡れで帰るなんてみっともないもんね」と余計な一言を付け加えられた。ぶん殴ってやろうかと思って睨んでも、そうすることが出来ない私の状況を見越して言ったんだと犬飼の顔を見て思い知るだけだ。



 傘に当たる雨が鈍い音を立てて落ちてゆく。その音を聞きながら歩く道はなんとも不思議な感じだ。雨音が周囲の音を掻き消すせいで、なんだか犬飼と2人きりになったような気がする。

 何か喋った方がいいのだろうか――相手は犬飼なのに、そういう気遣いが頭を支配する。でも何を話せば……私、普段犬飼と何の話してるっけ?

「みょうじ」
「え?」

 ぐるぐる考え事をしていると犬飼が何か喋りかけてきた――のはいいものの、それも雨音のせいで良く聞こえない。思わず耳を右側に寄せれば「もうちょっとこっち入りなよ」と左肩を掴まれ身を寄せられた。

「わっ、」

 予期せぬ行為に思わず甲高い声をあげれば「顔、赤い?」と窺うように覗き込まれ咄嗟に顔を逸らしてしまう。こんなの、図星だっていってるようなものだ。犬飼はぐっと逸らした視線を追うことはせず「あれ、知ってる?」と話題を変えてきた。

 さっきよりも犬飼が近くなったことで犬飼の声だけはよく聞こえる。けれど、犬飼の指す“あれ”は何のことだろうか。視線を前に向けてもそれらしきものは見当たらない。

「あれって?」
「“相合い傘は濡れてる方が惚れている”ってやつ」
「えっ? なにそれ」
「CMだったかな、何かで見たんだけど。どうなんだろうね? 実際」

 犬飼の視線は私の左肩を捕えている。その視線で犬飼の考えを察知して「わ、私は犬飼の傘間借りしてる身だからっていうアレで……っ、」と言い訳をしてみるけれど、犬飼はあまり聞く耳を持ってくれない。

「はいはい。けどさ、みょうじちゃんにそう端に寄られると俺まで濡れちゃうんだよねぇ」
「えっ」
「だからもうちょいこっち、来て」
「う、わ、」

 無意識にとっていた距離。その距離を犬飼は笑いながら易々と縮めてみせる。今度は逃がさないというかのようにまわされた左手は左肩に置かれたまま。犬飼の左肩と私の右肩。触れそうで触れないその距離、約数センチ。こんな距離、滅多にないからドキドキしてしまう。

「顔真っ赤だね」
「ち、違うしっ」
「はいはい」

 そんな風にからかわれても今度は距離をとることも敵わない。私ばかり恥ずかし思いをしてる気もするけど。さっき見えた犬飼の右肩だって私と同じくらい濡れてたことに気が付いてしまったから。恥ずかしさよりも嬉しさのが勝っている。

 ……さっきの言葉、互いの肩が濡れてる場合はどうなるのだろうか。

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