恋を一めましょう

物語上、主人公の苗字を“一-ニノマエ-”としております。


vクラス替えをして、3年6組になった。仲の良かった友達と離れてしまって少し悲しい。だけど、このクラスの雰囲気も中々良さそうだし、これからの1年が楽しみでもあるなぁ。

vそんな事を思いながらクラス全体を見渡していると、隣の席の男子生徒から声をかけられる。


「ねぇねぇ。クラス名簿見て思ったんだけどさ、なまえちゃんって上の苗字なんて読むの? イチさん?」
「“にのまえ”だよ。2の前が1だから、にのまえ」
「へーっ! めずらしっ! じゃあいっちゃんだ!」
「……初めて呼ばれるあだ名だ」

 隣に座るのはバレー部の及川くんだ。及川くんはイケメンだから、とてつもなくモテる。確かに「ほんと?俺だけの呼び方だ!」と笑ってみせるその顔は凄く整っている。格好良すぎて雲の上の存在って感じがする。

「これからよろしくね、いっちゃん」
「こちらこそ、よろしく。及川くん」

 だから、及川くんとは逆に恋愛うんぬんを抜きにして、良い友達になれそうな気がする。6組になれて良かったかも。



 クラス替えを行って新しいクラスの雰囲気にもなれた頃。

「クソ川ー」

 前のドアから野太い声を上げて入ってくる男子生徒が1人。ちなみにこのクラスで“クソ”が付く人はもちろん居ない。“川”が付く人は1人居る。その及川くんは購買に行っている。そして、私は及川くんから言付けを頼まれている。

「あの、クソ川って……、もしかして、及川くんの事?」
「ん? あ、あぁ。悪ぃ。及川、見あたらねぇけど……。知らねぇか?」
「及川くんなら食堂に行くって。それで、“岩ちゃん来たらコレ渡しといて!”って預かったんだけど……。“岩ちゃん”で合ってる?」

 そういって預かった電子辞書を渡すと受け取りながら顔が歪んでいく男子生徒。

「おう。俺で間違いねぇ。けど、悪ぃな。借りたなら自分の足で返しに来いってんだよ。なぁ? まぁ、アイツには後で蹴りでも入れとくわ。ありがとな、えーっと……」

「あっ、一です。一 なまえ」
「珍しい名前だな。んじゃ、助かったぜ。一さん。あ、ちなみに俺の名前は“岩泉 一”だ。クソ川に“覚えとけよ”って言っといてくれ」

 その言葉に私が思わず笑ってしまうと、同じように笑い返してくれる岩泉くん。はじめ教室に入って来たときはなんだか無愛想な人そうだなぁなんて思ったけど、全然そんな事無かったなぁ。そういえば及川くんってバレー部の中で“阿吽の呼吸”って呼ばれるくらい息がピッタリの人が居るっていわれてるみたいだけど……。それってもしかして。



「うん! それ、俺と岩ちゃんの事だよ!」

 帰って来た及川くんに疑問を投げかけてみるとあっさりと肯定される。

「俺と岩ちゃんって所謂幼馴染ってやつでさー、小さい時から一緒にバレーやってきてたから、そりゃ嫌でも息も合うってカンジで。熟年夫婦ってやつ? でも、岩ちゃんって俺にだけは怖いんだよー。そういう時は夫婦っていうよりかは、お母ちゃんってカンジで。まぁでも岩ちゃんも俺に比べるとまだまだだけど? ほんのちょっとだけ? 親指と人差し指の間が埋まっちゃうくらいの? そんな感じくらいには? ファンも居るから、人気者ではあるんだよね」

 そういって何故か鼻高々に岩泉くんの事を紹介してくれる及川くん。でも、その言葉は褒めているのか、そうじゃないのかの判断が微妙な所で、思わず笑ってしまう。

「でもさっき岩泉くん怒ってたから、熟年離婚切り出されないようにね」
「……いっちゃん、それは洒落になんないかも」

 今度は顔面蒼白になった及川くんを笑いながらも岩泉くんの人となりが少しだけ分かって嬉しい気もしている自分が居る。



「おいクソ川。今日の部活なんだけどよ」
「おー! 岩ちゃん。どうしたのさ、わざわざ俺のクラスにまで足を運んでくれるなんて! あ、もしかして俺に会いたく……ごめん。用件はなんでしょうか」

 授業間の休憩中。及川くんと雑多な話をしていると、岩泉くんが及川くんに部活の連絡をしにクラスにやって来る。手短に話そうとする岩泉くんのセリフに被せるように及川くんが言葉を発すると、その及川くんのお喋りを無言の圧で制してみせる。岩泉くんって凄いなぁ。

「……そういう事だから。お前主将なんだから、ちゃんとしろよ」
「岩ちゃんは俺のお母ちゃんですか?」
「殴られたいのか」
「ヒィッ! ごめんって!」
「ったく……。話の腰折って悪かったな。一さん」
「あ、ううん! 全然!」

 直前まで話をしていた私にもフォローを忘れずに侘びを入れてくれる岩泉くんに慌てて手を振っていると及川くんが「……てか!」と閃きを得る。

「んだよ」

 気付いちゃったんだけど……! と言いながら手を口に当てる及川くんに対して、凄くめんどくさそうに岩泉くんが続きを促して見せる。


「岩ちゃんといっちゃんって、結婚したら、一 一-にのまえ はじめ-で岩ちゃんの字面って“イチイチ”になるじゃんね!?」
「えっ!?」

 そして及川くんが言ってみせた言葉は私にとって予想外のもので。思わず驚きの声が大声で出てしまう。私と岩泉くんが結婚って……!

「急になに言ってんだよバカ川。大体、結婚するなら岩泉なまえだべや!」

 そうだ、まずそこだよ、及川くん。結婚するんなら大体私が岩泉になる訳で。岩泉なまえになるんだよ……って段々岩泉くんの名前に私の名前を付ける事に恥ずかしさを覚える。岩泉なまえ……。なんか響きが新鮮っていうか……なんていうか……。

「あーそっかぁ。残念。じゃあ岩ちゃんといっちゃんは結婚出来ないねー」
「なんでだよ。名前くらいで結婚出来る出来ねぇが決まる訳ねぇだろうが。俺と一さんは結婚出来るぞ。なぁ一さん?」

 1人で悶々としている所に岩泉くんからそんな事を尋ねられる。

「えっ? あっ、うん! そうだね。私と岩泉くんは結婚出来るよ!」
「ほら! な? 分かったか、クソ川! 俺と一さんは結婚出来る!」
「なんか俺、結婚宣言されてる気分なんだけど」

 2人して勢い良く断言してみせたせいで及川くんからそんな事を言われてしまう。……確かに、2人してなんでこんなに熱くなってるんだろう。なんか恥ずかしくなってきた……。

「なっ!? 別にそんな訳じゃ……! 第一、俺が良いと思ってても一さんがどう思ってるかにもよるだろうが!」

 岩泉くんから更にとんでもない言葉が発せられているけど、当の本人は気が付いていないみたいで。

「らしいよ、いっちゃん? いっちゃんの気持ちはどう?」

 絶対に面白がっている及川くんからこんな意地悪な質問をされてしまう。でもここで否定をする事は岩泉くんに悪いし、自分に嘘を吐く事にもなってしまう。……うぅ。及川くんめ……。


「わ、私も……岩泉くんと同じ意見、かな」
「だってー。岩ちゃん。良かったね」
「っ! 〜っ、あぁ! そうだな!」

 したり顔の及川くんの表情でようやく自分が言った言葉の意味を噛み締めたらしい岩泉くんは後に引けなくなったのか、開き直りの様な言葉を放って自分のクラスへと帰って行く。

「あららぁ、これはまさか、恋がはじまっちゃうカンジですかね〜?」

 隣の席からそんな楽しそうな声が聞こえてくるけど、その言葉に反応する勇気は私には無い。

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