トクベツに仕上がれ

 うちが春高優勝を逃したという情報はテレビよりも、ニュースよりも速く手元に来た。ベスト8で終わった最後の春高。アイツは今、どんな顔をしているのだろうか。



「お疲れ」
「……おう」

 呼び出されたのは私なのに、目の前に腰掛けた飯綱はどこか不服そうだ。服に着いた糸くずを探しては、綺麗な指先でそれを摘まんでいる。

「バレー部の引継ぎ無事に終わった?」
「うん。てか、何か買ってくる。何がいい?」
「私が行くから、飯綱は座ってて」

 いやでも、と喰い下がる飯綱の足を軽く叩けば「っ!」と肩を驚かせ大人しくなった。反対側を叩いただけでそんな反応をするくらいなら、「家の近くまで行く」と言った私の案を受け入れれば良かったのに。「駅近くのハンバーガー屋で」と飯綱は言って聞かなかった。
 まだ痛みの残る足を引きずる飯綱のワガママをこれ以上聞き入れることは出来ない。席を立つ私と、席に座る飯綱。その中間地点で数秒見つめ合ったのち、「ハンバーガーセットで」と言いながら2千円を手渡された。自分の分は自分で払う、と目線に乗せてみたけれど差し出される手が引かれることはない。

「コーラでいい?」
「ありがとう。悪いな」
「いいえ。こちらこそ」

 数週間ぶりに会う飯綱の顔は悲し気でもなく、晴れやかでもなかった。足の痛みと共に春高に後悔を残しているのだろうか。飯綱の気持ちを察そうと試みても、傍観者でしかない私には無理な話だ。
 注文を終え商品がトレーに乗せられるまでの間ぼんやりと考えてみて分かることは、「足の怪我で逆転負けだなんて、可哀想だな」ということ。やるせないだろうなっていう気持ち。飯綱は普段からきちんとしている人なのに、どうしてそういう人に限って予期せぬ出来事が起こってしまうんだろう。怪我なんて誰も予測出来ないこと。やっぱり、可哀想だ。

「ゴチになります」
「重かっただろ、ごめんな」
「飯綱、ほんとにバーガーセットだけでいいの?」
「あぁ」

 男子ってバーガーセットにもう1個バーガー付けたり、サイドメニュー付けたりしない? という疑問は否定された。お腹減ってないんなら、どうしてこの店を指定したんだろう。

「いただきます」

 紙おしぼりで手を拭いた後、両手を合わせバーガーの包みを剥がす飯綱。飯綱の手、やっぱり綺麗だなぁ。
 3年で初めてクラスメイトになった飯綱は、隣の席だった。うちがバレー強豪校なのは有名だし、長いことレギュラーである飯綱のことは前から知っていた。主将になったことも耳に入っていた。
 強豪校の主将というのは、なんとなく近寄り難いイメージを抱く。勝手に私が築いていた壁を壊したのは、飯綱の持つ雰囲気だった。

 プリントをまわしている時視界に入った飯綱の爪がピカピカしていて、思わずじっと見つめてしまったことがあった。熱視線に気付いた飯綱から「みょうじ、さん……?」と声をかけられるまで夢中になってしまう程、彼の手は整っていた。「爪、綺麗だなぁと思って」と正直に告げれば、「そ、そう??」と分かり易く照れた飯綱に思わず吹き出してしまい、それから友人と呼べる間柄になるまでにはそう時間はかからなかった。

「怪我したの、手じゃなくてよかった」
「ん? あ、あー。まぁ、」
「ごめん、無神経だった」
「いいや。確かに、手じゃなくてよかったよ」
「……春高、残念だったね」
「……うん」

 包装紙を折り目を合わせてたたむ飯綱。そういう所が飯綱っぽいなぁと思う。机の上の消しカスを地面に払い落とさない所とか、手を抜いてもバレない掃除もきちんとする所とか、授業も比較的真面目にきいている所とか。正しいことを積み重ねて来た人が報われる世界だとしたら、飯綱は絶対に報われる人間だ。ただ、この世はそうじゃない。

「かわいそう」
「ん?」
「飯綱、可哀想」
「え。なに、呪文?」

 カワイソウ、と口に出してみたら口元がもにょもにょとして気持ち悪くなった。私の気持ちを表すのにはピッタリな言葉なんだけど、それを本人に告げるのはなんか嫌だ。なんだろう、この気持ち。

「可哀想……かわいそう……うーん、」
「この状況が可哀想なんですけど」

 苦笑い気味に言われ、それもそうだと謝罪する。この気持ちをなんといえばいいのか分からないので、ひとまず口を閉じてオレンジジュースを流し込む。というか飯綱は私に何の用があって呼び出したのだろうか。

「俺、冬休み前に“春高終わったら話がある”って言ったじゃん」
「あぁ、うん」

 そう。今日の呼び出しは突然なんかじゃなく、数ヶ月前から予約済みだった。春高が終わらないと言えない用事なのか? とその時も疑問に思ったけど、当時は春高以上に大事なものはないのだろうと納得をして引き受けた。そして春高が終わった今、飯綱の言いたいことを聞くことが出来る。一体、何なんだろう。

「やっぱり……なかったことに出来ないかな」
「……え?」

 開いた口がストローを離す。今、私の顔はそうとう間抜けだと思う。“なかったこと”って言うけど、実際今呼び出されてるし。え、じゃあこの時間ってなに? なかったことにしたい、ということを告げる為の呼び出し? 飯綱の言っていることが理解出来なくて、目を見開き続けていると「や。その……あん時の俺、春高優勝するつもりだったから」と気まずそうに言葉を続けられた。

「春高優勝しないと言えないことだったってこと?」
「うーん……そういうワケでもないんだけど、俺の気持ちの踏ん切り的な……そういう……」

 言いにくそうに言い訳を並べる飯綱を見ていれば、1つのイベントに行き着く。「オレ、この戦いが終わったらニースにプロポーズするんだ……」というセリフはこの前お昼に放送されていた洋画の再放送で聞いた。こういうセリフって、負けのフラグなんだよなぁと思ったことも。

「飯綱って、意外とヘタレだよね」
「へっ、たれ……」

 ゲェーン! という効果音が似合う表情で固まる飯綱。だってそうじゃん。強豪校の主将ってもっと威厳というかオーラ漂う感じなのに。飯綱はモブキャラみたいな願掛けしてみたり、じっと見つめられればオドオドしてみたり。“普通の男子”って感じ。だからこそフラグを回収してみせる。そういう部分が親しみやすくて、良いなと思う所。

「優勝したら付き合って下さいって言うつもりでした――って?」
「なっ……な、え、なんっ」
「あのさ、飯綱」

 想像と違う今日に不服だったのだろう。飯綱は結構感情が顔に出るタイプだから。きっと、怪我をした時だってボロボロ泣いたに違いない。鼻水だって垂らしてたかも。尋ねた所で「泣いてないしっっ」と見栄を張ることも予想出来る。飯綱のこと、ずっと見てきたんだから。この1年間で、好意を抱いたのが飯綱だけだなんて思わないで。

「春高で優勝しようが、負けようが、私は飯綱が好きだよ」
「……はぁ!? えっそれ俺が、」
「なかったことにしようとしたじゃん」
「うっ」
「そういうへたれな所も好きだよ」
「……あ、ありがとうゴザイマス……」

 良い人が報われるなんてルールがないこの世界。こんな世界だからこそ、出来るのならば私が“普通の男子”を“特別な男子”に仕立ててあげたい。

 公園とかに呼び出したら“モロ告白”みたいで抵抗があった。と耳を染めながら白状する飯綱は可愛い。思った感情を口にすれば「可哀想も可愛いもなんか微妙」と苦笑いで返された。

「でも、どっちの飯綱も好き」
「……俺も、みょうじが好き」

 今日という日が飯綱にとって、特別な日となりますように。

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