押してダメなら圧してみろ

 うちの男子バレー部は強い。強豪校として名高い部は、それだけで人気。そこに顔立ちの良さが加われば、もう言うことはない。

「なまえ」
「……松川くん。オハヨウ」

 と、いうか。目の前に居るこの男は昔からモテた。そこに“バレー強豪校”“その部でも期待されている存在”という要素が加わっただけの話。高校生になってより強く色気が漏れている気がするけれど、これは気のせいではないはず。

「なに、“松川くん”って」
「なにが? てか、用件は何?」
「んー。あのさ、なまえ今日誕生日だろ?」
「……! ストップ!」
「ん?」

 確かに。今日は誕生日だけれども。それをここで広めて欲しくない。一静の口からそれを言われるのは私にとって身の毛のよだつ行為なのだ。必死に装っていた愛想笑いをスッと隠し、一静の腕を引っ張り廊下の端に寄る。
 本当ならこういう行為も公共の場でしたくはないけれど、私達の関係性がバレるよりはまだマシだ。

「言わないでよ! こんな所で!」
「なんで? 別に良いじゃん」
「良くない! 一静と関わりがあるなんて知れたら……私の高校生活、まだ始まったばかりなの」
「俺も。まだ1ヶ月ちょい」
「そんなことはどうでもいい! いい? 私と一静は小中が一緒だっただけ。それで、高校もたまたま一緒だった。オッケー?」
「うん。事実じゃん」

 分かってるようで分かってない。いや、分かってるくせに分かってないフリをしているのかもしれない。一静は昔から意地悪な所があったし。そういえば小学校に上がる前、ジャングルジムから降りられなくなった私をニヤニヤと眺めてたこともあったな。……思い返したらムカムカしてきた。一静はいつもそうだ。私の初恋が散った時だってニヤニヤと……いつもニヤニヤ……そう。今みたいな顔だ。

「ぶっ飛ばしたくなってきた」
「何故に」
「一静の顔、見てたら腹立ってきた」
「幼馴染なんだからいい加減慣れろ」
「あだっ! な、殴った!?」
「殴ったて。デコピンだろ」
「バレー部のデコピンが……! じゃ、また後で」

 せっかく目立たないように端に寄ったというのに、声を荒げてしまっては意味がないとハッとする。小さく咳ばらいをした後、愛想笑いを取り戻し立ち去ろうと試みる。一静の身長とかオーラを計算に入れてなかったせいで、予想に反して視線がこっちに集まっているのが分かったからだ。それなのに、一静は「待ち」と腕を掴んで私を呼び戻す。

「なにかな? 松川くん」
「あのさ。それ、続ける気?」
「なにが?」
「“松川くん”呼びと、そのよそよそしい感じ」
「……ちょっと言ってる意味が分からないよ。松川くん」

 やめろ、と目で制してみても一静の瞳は何の反応も示さない。これはもうわざとだ。分かった上でコイツはスルーしている。こっちも負けじと目線を鋭く尖らせても、ひるむことなく見つめ続けられ、更には握った腕にも力が籠められる。

「……ねぇ。なんなの」
「なまえが、俺と居た十数年をなかったことに出来ると思ってんの?」
「は?」

 長身の男に睨まれているこの状況。本来なら泣きたくなるくらい怖いことのはずなのに、相手が一静だからなんにも怖くない。……確かに、この心理状態こそ一静と居た十数年の賜物なのかもしれない。それが何だっていうんだ。

「今日なまえの家行っていい?」
「なっ! バカ、声っ」

 私だけじゃなく、この廊下に居る生徒に聞かせるような音量。それを言われるのが嫌で端に寄ったのに。それを分かった上でわざとに言う一静に慌てて声を被せてももう遅い。あちらこちらから視線が集まっているのが見なくても分かる。背中が痛い。耳が痛い。

「……今年の誕プレ、おまもりだけだったのが不満だった?」
「いや。嬉しかったよ」
「じゃあなんでこんな意地悪すんの」
「幼馴染を廊下で呼び止めて、いつも通りの会話しただけだろ」
「だから。それが嫌だって言ってんの」

 一刻も早く逃げ出したい。目の前の男じゃなく、背中の目線から。なのに一静の手がそれを許してくれない。これのどこを意地悪じゃないと言うのだろうか。やっぱり今年の誕プレを卒業やら入学準備やらで適当に済ませたのがいけなかったんだろうか。それで、2ヶ月後にやってきた私の誕生日にぶつけているのだろうか。一静がそんな人じゃないって分かっていても、そういうことでしか腑に落とせない。

「……じれってぇんだわ。いい加減」
「は?」
「幼馴染だから避けられるんなら、いっそのこと彼氏にしてくんね?」
「…………はっ?」
「プレゼントのネタも尽きてきたし」
「いやいやいや。待った待った」

 余計に腑に落とせない爆弾を打ち込まれた。イッソノコトカレシって何? 何語? 誕プレのネタに尽きたからイッソノコトカレシ。うーん、分からない。

「彼氏になったら幅も広がるんだけど。ど?」

 ど? って。レミを続ければ良い? いや、違う。“ど”の後ろには“う”が隠れている。つまり“どうですか?”っていうお尋ねで。どうですか? なにを? 彼氏を。……一静が彼氏……?

「えっ私のこと好きなの」
「うん。じゃないとこんなこと言わないよね」
「……まじで?」
「じゃないと言えないよね」

 頭の中で何度考えても同じ考えに辿り着いて。確信的な気持ちで訊いてみたらダメ押しを喰らって。走ってもないくせに心臓がバクバクと脈を打ちだす。私このままここに居たら死ぬな。後ろだけじゃなくて目の前すら痛い。

「答えは?」

 答えは? と尋ねる時だけ首を下げて覗き込んでくる所。こういうのも一静の意地悪な所。わざと真っ赤に染まった私の頬を確認するんだ。昔からそう。泣いてる顔も、怒ってる顔も、笑ってる顔も全部。こうやって顔を寄せて確認しては今みたいに満足そうに笑うんだ。

 私の思い描く理想の“ひっそりとした学校生活”が終わるのも分かってる。それでも、好きな人にここまで圧されて跳ね返す度胸は私にはない。
 力なく、けれどもしっかりと頷きを返すと、一瞬だけ一静の顔が泣きそうな顔になった。だけどそれはほんの一瞬で、すぐにいつも通り余裕たっぷりの表情に戻って「じゃ。そういうことで」と言いながら、掴んでいた腕を離してくれた。

「っ! い、ちょっ、一静!」
「ん。何?」
「何じゃなくて! ちょっ、一静! やめてってば!」
「ダメ」
「やだ! みんな見てる!」
「見てるんじゃなくて、見せつけてる」
「〜っ!」

 自由になった腕を下げるよりも早く、その下を潜り抜けた一静の腕が私の腰を抱き寄せ胸の中へと吸い寄せた。ぎゅう、っと抱き締められたことで私の背中に当たる声は本格的に色めいたものへと変わる。
 ひそひそとしたものではなくなった黄色い歓声に、「どうも。バカップルです」と言葉を返す一静の声色は、物凄く楽しそうで。私はもう一静の胸の中で縮こまることしか出来ない。これ、どうやってやり過ごせばいいの。もっと密やかに付き合うつもりだったのに。これじゃ無理じゃん。

「散々焦らされたんでね。誰かさんのせいでしょ」
「……ばか」
「はいはい。もう何言われても良いわ。だって俺、なまえの彼氏だし」
「……!」

 じゃあ夜ね、と微笑みながら頭を撫でて去って行った一静に、打ちのめされたのはどうやら私だけじゃなかったらしい。私の学校生活は終わるどころか、“あの告白を受けた伝説の彼女”として、長い間名を馳せるハメになるのだから。

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