花結う少年

「錬介」

 黒く染まった空に抗うように照らされたグラウンド。その中心でサッカボールに囲まれている人物の名前を呼べば、「おう」と汗を拭いながら言葉を返された。

「この時期に半袖って寒くないの?」
「この汗見ろバーカ」

 いくら幼馴染といえどバカとは。確かに錬介の体から吹き出す汗の量を見れば半袖でじゅうぶんだ。ただ、見た目的に寒いっていう話をしてるだけなのに。
 そういう思いを顔に出してむっとすれば「バスケ部は終わったのか?」と私の気持ちをまるっきり無視した様子で尋ねられた。その言葉に膨れていた頬を萎ませ、「うん。こっちも自主練する人多くて。マネージャー1人だし、大変」と溜息を吐く。

 “こっちも”というのは、目の前の人物に向けた言葉。私は錬介以上の練習オバケを見たことがない。今だってこの大きなグラウンドを独り占めしている。「オーバーワーク禁止」と何度か窘めたこともあるけれど、今の所ケガもしていないし、そこら辺の調整もきちんとしているみたいだ。

「錬介は? まだ帰らないの?」
「いや、俺も切り上げるわ」
「そっか」
「おう。待ってろ」
「はーい」

 待ってろと言って放り投げられたタオルを受けとり、片付けを始めた錬介を待つことにする。「手伝おうか?」と声をかけても、「いい」と返されることは分かっている。……錬介の言葉を借りれば、「これが俺の正々堂々だ」という理由なのだろう。よく分からない。



 錬介が商品をカゴに入れていく中、私はデザート1つを手にするのみ。錬介は食べる分動くからいいけど、私はそういう訳にもいかない。お菓子やら飲み物やらをカゴに吸い込んでいく錬介が羨ましい。

「え、また電池買うの?」
「ストック切らしてたかも」

 そんな気持ちも露知らずな錬介が電池を入れた時は、堪らず口を出してしまった。確かこないだ一緒に帰った時も買っていたような。

「こないだも買ってたじゃん。何にそんな使ってるわけ」
「知らねぇよ。俺の家族に訊けや」

 いや別に訊きはしないけど。ぶっきらぼうに言い放つ錬介に肩を竦めレジに向かうと「なまえ」と名前を呼ばれ振り返る。そうすれば「入れろよ」とカゴを差し出すので「いいの?」とニヤケてしまった。

「たかが200円だろうが」
「でも錬介の200円はおっきいでしょ」
「俺のことバカにしてんのか」
「うそうそ! ゴメン」

 錬介とコンビニに寄ると、だいたいこうやって錬介が奢ってくれる。それを狙ってる訳じゃないけど、こういうこともあるから錬介と帰るのは好き。……あと1年、続けたかったけどな。





「強化指定選手に選ばれたんだって?」
「は? もう聞いたのか」
「そりゃ幼馴染ですし? てか学校でも普通にその話題でもちきりだし」
「まぁな」
「凄いなぁ、錬介は」
「……まぁ、」

 チキンを頬張りながら視線を逸らす姿がおかしくて、つい吹きだしてしまう。錬介は何年経っても褒められることに不慣れだ。強化指定選手に指名されるくらいには凄いことばかり起こる人生だというのに。そういう所、いつまでも変わらずに居て欲しい。

「今年のバレンタインランキングは変動するだろうなぁ」
「そうかぁ?」
「でしょ。錬介結構いい所攻めてたし」
「いや別にそうでもないだろ」
「7個も貰ったクセに」
「なっ、おまっ、なんっ、」
「女子の情報網なめんな」
「……うぜぇ」

 ちょっと錬介くん。女子に向かってうぜぇはないでしょう。という小言はさっきのデザートでチャラにする。正直、私は錬介以外の男子が何個貰ったかなんて知らない。てか興味ない。情報網なんてあるのかすら知らないけど。でも、寂しがる女子が多いのは情報網なんか頼らなくたって分かる。錬介はモテるから。

「誕生日も祝えなくなるのかな」
「さぁ。……祝いたかったのか?」
「そりゃあ。……幼馴染だし。毎年祝ってたし」
「……そ、そうか」
「…………なんか、寂しくなるね」
「……はっ?」

 夜空に吐き出される白い本音。それを追いかけるように錬介の口からも白い息が吐き出された。2人の間に再び暗闇が差し込んだ時、もう1度私の口から白い本音を吐き出す。

「だって。錬介はこれからプロの道まっしぐらでしょ? もう会えなくなるじゃん」
「まだ分からねぇだろ」
「錬介はプロになれないって思ってるの?」
「いや全く」
「でしょ? 錬介ほどの選手がプロになれないわけないじゃん」
「……う、お、おう」
「その道に私は居られないんだなぁって思うと、寂しくなっちゃった」

 白い本音を瞬く間に暗闇が掻っ攫ってゆく。だから、言いたいことを素直に言えるのかもしれない。
 もっと、ずっと、錬介のそばに居たい。錬介がサッカーで有名になるのを、近くで見ていたい。錬介のサッカー人生が華やぐのなら、それを応援したい。だから。

「これからも頑張ってね」
「……なぁ、なまえ」
「ん?」
「お前は待ってろよ」
「ん?」

 待ってろとは? 唐突な言葉にハテナを返すと、錬介は街灯の下で立ち止まって「なまえは俺のこと待ってろ」と同じ言葉を繰り返してきた。暗闇が掻き消さない錬介の言葉を、咀嚼しようにも受け止めきれない。

「待ってろって?」
「だから。俺がプロ入りしたらお前のこと迎えに行くから。それでいいだろ」
「え? 迎えに?」
「あぁ。待てるだろ?」
「待てるけど……え、本気?」
「本気じゃねぇと言わねぇだろうが」

 再び歩き出した錬介に遅れて私も歩き出す。少し前を歩く錬介の顔を見つめることは出来ないけれど、歩幅を縮めてくれているから見失うこともない。
 錬介はこれから全速力で道を進んでいく。そのスピードに合わせることは絶対に出来ないけれど。

「アナウンサーじゃなくていいの?」
「あー、タイプだったら分かんねぇな」
「おっとりしてて、可愛らしいアナウンサーね」
「俺のタイプまでご存じかよ」
「当たり前。私の逆過ぎて笑える」
「それな」
「どうしてそんな私がいいの?」
「……俺にも分かんね」
「……ふふ。何ソレ」

 ずっと待ってるから。絶対、迎えに来てよね。

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