プッシュプレイ

 キッカケは確か、私が音楽プレーヤーで聞いていた曲が漏れ出てたからだった。

「東峰!」
「おう」
「待たせた? ごめん」
「いや、俺が早く着いただけだから」

 じゃあ行こうかと前を歩く東峰は制服でも、ジャージでも、ユニフォームでもない。ジーンズにTシャツというそこら辺の人と変わらない服装。それは私も同じ。こうしてみると街中に溶け込んだ人間のうちの1人と1人なんだけど、東峰という人間は周囲に馴染んではくれない。ていうか東峰、私服めっちゃオシャレだ。

 どうして、日曜日に東峰と私が2人で電車に揺られいるのだろうか――と今日に至るまでの道筋を思い返してみる。そうすれば浮かんできたのが音楽プレーヤーだった。



「これ、なんて曲?」
「あ、ごめん。流しっぱだった」

 大好きなアーティストが出した新しいアルバム。そのCDを買って音楽プレーヤーに取り入れて、嬉しくて昼休みにも聞いて。その途中で別のクラスの友達から呼び出しがかかって話し込んでいるうちに昼休みが終わってしまって。慌てて戻った席で隣の席に腰掛けていた東峰から尋ねられた。
 イヤホンから小さく漏れ出る音楽に興味を示した東峰にアーティスト名と曲名を告げると「そのアーティスト俺も結構好き」と目を輝かせた東峰。その反応が嬉しくて、「これ貸そうか?」と言うと「えっ!」と嬉しさを滲ませながら驚かれた。

「家に帰ったらCDあるし、良かったら」
「ありがとう! 家に帰ったら聞かせて貰う」

 そう言って笑う東峰に、“そんなに好きなんだなぁ”と嬉しくなって。その日の夜に“どれも良い曲だな”というメールが届けられたことで余計嬉しくなって“今度ライブあるんだけど、チケット余ってて。良かったら一緒にどう?”と――私が誘ってこうなったんだった。

「俺が好きな曲、歌ってくれるかな」
「昔ながらの曲も歌ってくれるし、あるかもね」
「そっか。新曲は絶対歌うよな」
「だろうね。今回のアルバムメインだと思う」

 それはそれで楽しみだとワクワクしている東峰の横で、私は別の意味でドキドキしている。私が好きなアーティストのことを好きだと言ってくれたことにテンション上がってライブに誘ったけど、これって結構大胆な行為のような……。東峰はそんなこと、何にも思ってないみたいだけど。「試合も練習も休みの日で丁度良かった」と声を弾ませている東峰からは、“ライブが楽しみ”という感情しか伝わってこない。



「おぉ……! なんかちょっとひんやりするな」
「会場につくとついた! って気がする」
「あ、分かる。俺も試合会場に着いた時めっちゃドキドキする」
「東峰の場合は緊張じゃない?」

 私の言葉に「うっ」と言い詰まる東峰を笑い、会場に飾られたクッズを見に行く。買い物を終え合流すると東峰は私よりもグッズを購入していて、思わず爆笑してしまった。

 「つい興奮しちゃって」そう言って照れ臭そうに笑う東峰はちゃっかりライブ仕様のTシャツに着替えている。腕にもリストバンドが嵌められていて、ライブを楽しむ気満々の様子。東峰がこのライブを楽しみにしていることが、私の心も高めるから。ライブ、誘って良かったなって思えた。






「おっ? なんだ?」
「あっ始まった」
「ん?」

 設置されたディスプレイに浮かび上がるのは、ライブ用に作り出されたキャラクター。そのキャラクターが開演までお客さんを楽しませる演出。
 そのことを説明しているうちに映像が客席を映し、キャラクターが1組のカップルを指名する。

「ハグしろだって。あ、ハグした! 照れてる。可愛い」
「はぁ〜、そんなのがあるんだな」

 それから数名のファンが指名され、指示された行動を取って会場が盛り上がって――というやり取りを笑いながら見ていたら“じゃあ……最後!”という言葉と共にパッと画面が切り替わる。

「……えっ!」
「ん?」
「あ、東峰……がめん、」
「うぉ!?」

 口を開けている私も、うぉ!? と驚く東峰も画面にバッチリ抜かれていて、周囲から笑いが湧き起こる。“2人共起立!”という言葉で慌てて立ち上がり、一体何を言われるのだろう――という不安に胸を高鳴らせていると“2人はカップル?”という問いかけが来て、ドックンとひと際高い脈が鳴った。

 ふるふる、と首を振ると“じゃあ友達?”という質問に変わる。首を縦に振る私の横で、東峰は別の方向に首を振った。その行為に画面から東峰へと視線を変えると、東峰の視線も一瞬こっちを向く。けれどすぐさま“じゃあどういう関係?”という問いに意識を向き直し、ふぅっと息を吐いた後、思い切り吸って「好きな人です!!」と地鳴りするくらいの声で言い放った。

「……ぇ」

 キャー! という大歓声を浴びる中、私1人状況を飲み込めない。……今、東峰の知り合いは私しか居なくて、画面には東峰と私が抜かれてて。“2人はカップル?”という質問と、“友達?”という質問、どちらともにも東峰は首を振った。そして、“どういう関係?”と訊かれて答えたのが……好きな人? 頭で理解出来ても、状況を飲み込めない。だって東峰、“ライブが楽しみ”って感じだったじゃん。……え、……え?

「あずまね、」

 画面のキャラクターが“じゃあこの場で告白してみよう!”と煽るようなことを言ったせいで周囲からはまたしてもどよめきが起こる。今この瞬間、誰よりも注目を浴びている東峰が、私に向き直って「みょうじ」と名前を呼ぶ。

「俺はみょうじと行くライブだから楽しみで、眠れなかった」
「……へ、あ、え? あ、うん。……うん?」
「みょうじが好きなアーティストだから興味を持った。……あ。もちろん、アーティストのことも本当に好き」
「あ、ありがとう……?」
「こ、これからもっ……良かったら俺と一緒にライブに行ってくれませんかっ」

 告白というより、ライブのお誘いのような気もするけれど。暗がりでも分かるくらい東峰の顔が赤いから、これは多分そういうこと。……ライブ、あとちょっとで始まるのかな。どうやら今日のライブは一生忘れることの出来ない思い出になりそうだ。

 今度こそ首を縦に振れば、湧き起こる大歓声と共にライブ開始の音楽がホールに鳴り響きはじめた。

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