「俺がキューピッドってヤツ!?」

「私、好きな人及川じゃないから」

 何度この説明をしてきたのかな。

「及川は普通の友達」

 あと何回これを言えばいいのかな。

「私が好きなのは――」

 どれくらい本人じゃない相手に告白すれば報われるのかな。



 3年間を同じ教室で過ごすことになってしまった相手、それが及川。友達からは“及川くんと3年間一緒とか羨ましい”と言われるけれど、私からしてみればそうでもない。別に嫌でもないけれど。
 2年も一緒に過ごしていれば、それなりに会話することも多い訳で。そうして接していった2年間で及川は“親しい友人”という位置づけになった。

 及川は私にとって、バカな話で盛り上がれる友達。及川にとって私は、くだらない話で笑い合える友達。この認識はイコールで繋がる。それなのに、周りが勝手にイコールに斜線を入れて“違う”と言い張る。

「及川くんと仲良いよね。付き合ってるの?」

 こうして面と向かって言われることも多い。初めは“違う”の一点張りで押し通していたけれど、水面下でも広がってゆく噂話を前に、それでは埒が明かないと悟った。

 それからは面と向かって尋ねてくれた人に感謝しながら「私、好きな人及川じゃないから」と言葉を変えて言い返すことにした。そうすれば「え、そうなの?」と喰いついてくれる。

「及川は普通の友達」
「てことは他に好きな人居るんだ」
「私が好きなのは――」

 その隣に居る仏頂面の男。そう言えば「えっ! 岩泉なの!? まじ!?」と驚きつつも納得してくれるから。溜息を吐きつつ、「そう。岩泉が好きなんだ」と応じる。
 これは嘘じゃない。及川と接していくうちに岩泉と話す機会も増えて、気が付けば“好き”という感情を抱いていた。それを白状すればいいんだってことを学んでからは、だいぶん陰で好き勝手言われることもなくなった。

「知らなかった! え、いつから?」
「いつから……は分からない、」
「えー! そんな前からなんだ!」

 でも、自分の恋愛話をこんなあけすけにしたい訳でもなくて。出来ることなら言いたくもない。1つの情報を明かせば、それも知らない所で広がって、いつしか本人にまで届いてしまいそうで。

「みょうじさんの好きな相手が岩泉なのはちょっと意外だけど。まぁ納得っていうか」
「そう?」
「岩泉って鈍感そうだし、落とすの大変だろうけど。そういうことなら応援するから!」

 自分と好きな人が被ってないと分かって一安心したのか、最終的には“応援する!”と背中まで押されて。さっきと今とで顔つきさえ変わっている目の前の女子に苦笑いを浮かべてその場をしのごうとしたのに。

「俺が鈍感だったら、なんでみょうじを応援するんだ?」
「やばっ。……じゃ、じゃあね、みょうじさん。ガンバ!」
「えっ! えっちょっ! 待っ、」
「みょうじ?」
「ヒッ」

 応援って、そんななげやりな応援ですか――という声掛けはどこにも届かず。代わりに岩泉から「なぁ。どういう意味だ?」という疑問をぶつけられる。

「えー岩ちゃん鈍感」
「あ?」
「待て。及川、待て」

 待てと言ってくれる花巻くんの制止も虚しく。

「そんなの、なまえが岩ちゃんのこと好きだからに決まってんじゃん」
「及川アウトー」

 松川くんの低い声にも気付かず「なまえが好きなのは岩ちゃんって、ほぼ周知の事実じゃん?」と鼻高々に言い放つ及川。コイツのことを殴りたい。今すぐに。“周知の事実”ではない。“ほぼ”だ。岩泉という男はその“ほぼ”に分類されることくらい、幼馴染のアンタなら分かるだろ。

「は? みょうじ、俺のこと好きなのか?」
「岩泉もアウトー」
「この幼馴染ペア色々アウトだろ」

 松川くんと花巻くんが呆れたように言っている。確かにアウトだ。そんなど直球を普通はぶつけない。今まで散々色んな人に訊かれてもないのに“岩泉が好き”と言ってきたのに。いざ本人を前にすると何にも言えない。

「おい! みょうじ!?」

 頭が混乱して、逃げたくなって。思わず駆け出した私を、岩泉はあろうことか追いかけて来た。

「な、追いかけてこないで!」
「待て!」
「いやだから待ちたくないんだってば!」
「みょうじ!」
「人の話を聞け!!」

 追いかけるなと言っているのに岩泉は眼光鋭く私を捕らえ続ける。そんな全速力、ちょっとずるくない? 女子相手にそんな全力出すか普通。アナタ全校マラソン優勝者ですよね?

「おいみょうじ!」
「うわっもうっ、」

 呆気なく終わりを迎えた逃走劇。ヘロヘロになった右手を掴まれ、倒れそうになった私を息切れ1つしていない岩泉が支え「さっきの!」と続きを促してくる。……あぁ、もう。そうだよ好きだよ。認めるからちょっと空気ちょうだい……。

「本当か」
「ほ、ん、とう……わたし、が好き、なのは……いわ、いずみ、」
「……マジか」

 ええ……。追いかけて認めさせてそんな“……驚いた”みたいな反応、よく出来るね。こっちが“……マジか”だわ。ま、その様子だと全然視界にも入ってなかったみたいだし。これからは“私が好きなのは岩泉。ま、もうフラれてるんだけどね”という言葉に変わるだけだ。

「じゃあ付き合うべ」
「……は?」
「いやだって好きなんだろ」
「えっ、うん。好きだけど」
「好きだけど何だ?」
「いや、岩泉の気持ち……」

 促された続きを言えば目線を逸らして「追いかけたっつー時点で察しろ」なんて頬を染めて言うから。

「……マジか」
「だから止まれっつったんだ!」
「そ、うん……。ゴメン」

 岩泉が好きと言い続け、その度に応援され。口先ばっかりと思っていたけれど、どうやら応援の力って本当にあるみたい。

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