Look at me

 警察官になって早数年。私が所属しているのは宮城県警地域部機動警ら隊。テレビでよくある、麻薬取締りを行っている部署。何度かテレビ取材が入ったこともあるし、私自身も密着取材を受けたことがある。……というか、密着の話が来る度に上は“みょうじにやらせろ”と私を名指しで指名する。

「……すみません。私は力不足です」
「そう言わずに、」
「申し訳ありません」

 上層部の命令だと何度かは飲み込み受け入れたけれど、テレビ放映される度に“美人警官”だの“あの警官は一体なんだ”だのもてはやされるのは正直気が滅入る。
 ちやほやされたくて警官になった訳ではないし、それで変な妬みを買うのもうんざりだった。弱味を作り出してしまうような気がして、数度受けてからはこうして断るようになった。

 それなのに、1度出た話題は尾ひれを付けて広がってゆくもので。

―女性だからといって、舐められたくないんです

 反抗心を抱きながら出演した番組で受けた取材。気持ちを隠しきれず、噛みつくような視線でこなした。仕事だって気合を入れて取り組んだし、何件も検挙してみせた。全ては私の実力を見て欲しくて。それなのに、世間は“クールビューティ”という形容を与え、容姿で盛り上がる材料にしてしまう。

「みょうじ巡査部長だ……!」
「お疲れ様」
「お、お疲れ様です!」

 それは、この警察内部でも同じこと。実力を認められて与えられたハズのこの階級でさえ、近寄り難い存在として周囲を圧倒してしまっている。容姿を褒めて貰えることに、嫌な気持ちは抱かない。ただ、自分の実力でさえも容姿のおかげで与えられたモノのようにされていることが嫌なのだ。

「みょうじ巡査部長!」
「澤村、巡査……だったっけ。お疲れ様」
「生活安全部所属、澤村大地です! お疲れ様です」

 警らを終えて、お昼を食べに県警に戻った先で澤村巡査に出くわす。彼は確か最近交番勤務を終えて安全部に配属されていたような。毎年何人もの新人警官に顔を合わす為、正直全員の顔を覚えることは出来ないけれど。澤村巡査とは何度か県警で会っているので、顔と名前を憶えている。

「あぁ、そうそう。毎回丁寧な自己紹介をどうもありがとう」
「いえ! みょうじ巡査部長に新人である自分の名前を憶えて貰えて光栄です」
「ふふ。澤村巡査は素直ね」
「あっ、いえ! やっ、はい!」

 いいえなの。はいなの。と、彼の反応を見て思わず含み笑いしてしまう。県警で会う度に真面目に挨拶をしてくれる彼は、周囲の人と違って私と距離をとることはしない。

「でも、警察官なんだからそれだけじゃダメだからね?」
「はい! ご指導、ありがとうございます」
「やだ。別に指導した訳じゃないって」

 廊下に設置された自販機に足を止めランプを灯す。澤村巡査も律儀に足を止めているので、「奢ってあげる」と立ち位置を譲ると「そ、そんな……自分は……!」と恐縮しきるから。その様子さえもおかしくて今度こそ「あはは!」と笑い声が漏れ出た。

「たかが100何円だし。先輩に奢られときなさい」
「……ありがとうございます」

 控えめに押したボタンがブラックコーヒーを運ぶ。取り出した缶を握り、「いただきます」と口にする彼の表情には申し訳なさと嬉しさが含まれている。……人懐っこい感じがどうも可愛らしい。この子、絶対安全部の先輩警官から可愛がられてるだろうな。

「澤村巡査って指導のしがいがありそう」
「えっ! お、俺……至らないですか?」
「あ、そういう意味じゃないよ」
「い、言ってください! 俺、みょうじ巡査部長に憧れてるんで!」
「あ、憧れ?」
「あ……、」

 憧れていると言った澤村巡査に首を捻ると「みょうじ巡査部長の仕事っぷり、憧れなんです。俺も、ああいう警官になりたいなって……」と呟く。……私の仕事内容を見てくれていたの? そして、そこに憧れを抱いてくれた……。どうしよう。

「みょうじ巡査部長?」
「な、なんでもない……」

 仕事中は絶対に緩めないと決めている表情筋がだらしなく溶けそうだ。そんな顔を後輩警官に見せるわけいかない。そんな思いで自販機に向き合い、飲み物を凝視する。コーヒー、お茶、水……ダメだ。嬉しい。「でも、警察官なんだからそれだけじゃダメだからね?」なんて偉そうなこと言っておきながら、私がこうだなんて。

「……あの、」
「なに?」
「憧れだけじゃないんです」
「ん?」
「仕事をこなすみょうじ巡査部長を見ているうちに、好きになってしまいました」
「……へっ」

 なので良かったら飯でもお願いします! と大声を張りながら頭を下げてきた澤村巡査。その頭を見つめていたせいで、自分が何のボタンを押したのか分からなかった。ガタン、と音を鳴らす自販機に慌てて取り出し口に手を伸ばす。

「み、ミックスジュース……」
「俺みたいな新米が生意気ですよね、すみません……」

 手にしたそれは、普段なら手を出さない飲み物で。それだけで自分の動揺が手に取るように分かる。散々人から遠ざけられたせいで、どストレートにぶつけられる感情にどう対応すればいいか、よく分からない。

「そ、そういう風に言われるの、慣れてなくて……」
「……すみません!」
「ち、違っ。か、顔上げて……っ」

 覗き込むようにして顔を上げた澤村巡査に目を逸らしながら「良いお店……調べておいて」と呟くと「はいっ!」とまたしても大きな声が響き渡った。





 以前彼が話してくれた思い出話の1つに、高校時代に美人と有名だった子に“バレー部のマネージャーをしないか”と声をかけて入部して貰い、先輩たちからもみくちゃにされたという話があった。

 数年経った今、真っ白なタキシードを身に纏っている彼が、同級生たちからもみくちゃにされているのを見て「あぁ、こういう感じね」と笑う私は、誰にも負けない良い笑顔を浮かべているのだろう。

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