旅の終わりで君が待ってる

 アカデミーで課された宝探しで得たものはたくさんある。パルデアを旅するうえで出会ったポケモンたち。旅先で出会った人々。美しい景色。それら全てが私の中にある宝箱に仕舞われ、ことあるごとに取り出しては微笑ましい気持ちを与えてもらっている。
 あの日々はこの先の人生でも忘れることのない一生の宝だ。そして、その宝は今でも続いている。それが私はどうしようもなく嬉しくて、つい「ふふっ」と笑い声を溢してしまった。

「なんだよ。思い出し笑いか?」
「うん。まぁそんなとこ」
「そんなとこってなんだよ。ま、オマエが幸せちゃんならそれで良いけど」
「ふふっ。ありがとう、ペパー」

 急に笑った私を見つめたペパーの視線は、再び鍋へと向かっている。その真剣な眼差しをカウンター越しに見つめ、私の微笑みの原因を再認識する。視線を星が瞬く空へと投げ、もう1度眼前へと戻す。海から靡いてくる風を頬に感じながら、キッチンカーの中で作業をするペパーを見つめていれば、じんわりと実感する気持ち。

「宝だなぁ」
「ん?」
「ペパーは、私の宝だなぁって」
「んなっ……」

 ペパーだけじゃない。アカデミーで知り合って親友となったネモやボタンも。みんな、私の宝。それぞれが違う方向を向いているけれど、夢を見つめているという点は同じ。ネモはオモダカさんと一緒にリーグ運営に精を出し、ボタンは昔の自分がそうだったように、アカデミーとはまた別の場所に居場所を求める生徒のサポートに尽力し、私はチャンピオンランクのトレーナーとしてもう1度パルデアを旅し、ペパーは料理人として自分の道を駆け出している。

「パルデアを旅して、時々地元に帰って来て。そこでみんなに会うと癒されるんだよね。だからみんな、私の宝」
「……なるほどちゃん。そういう意味か」

 ペパーが溜息に近い息を吐く。どうしてそんな呆れたようなガッカリしたような反応を見せるのだろうと不思議に思ったけれど、ペパーの作ってくれたスープを喉元に流せばそんな疑問は押し流されてしまった。

「はぁ〜……やっぱペパーの料理がこの世で1番」
「へへっ。なまえにそう言ってもらえると自信つくぜ」
「いやほんと。私パルデア中の料理結構食べてるけど、お世辞抜きでペパーの料理が1番だって思う。早くお店出して欲しい」
「おう! ありがとな!」

 アカデミーを卒業してからすぐ、ペパーは料理修行の旅に出た。そこで色んな食材を探したり、有名店に弟子入りしたりと大変で楽しそうな日々を送っていた。それを応援して数年が経った今、ペパーはコサジの小道の灯台前にキッチンカーを出店している。提供する料理は様々だけど、中でも私が食べているこのサンドウィッチセットが人気メニューらしい。この味はここじゃないと食べられない。だから私は地元に帰る度に必ずここに寄るようにしている。

「もう“有名な博士の息子”って肩書きで呼ばれることのが少ないんじゃない?」
「だな。もうすっかり聞かなくなったぜ」

 明日の仕込みを終えたらしいペパーも私が座っているテーブルに腰掛け、淹れたばかりのコーヒーで暖をとる。ふぅっと吐き出される息が夜空に舞い、ペパーの1日が忙しなく、そして充実したものであったことを物語っている。

「不思議ちゃんだよな」
「ん?」
「前は“アイツの息子”って言われることに無性に腹立ってたけどよ、今となっては寂しい気もすんだ」
「……そっか」

 博士の真実を知ったあの日。ペパーになんと言葉をかけたら良いのか、幼い私には分からなかった。それでもペパーは腐ることなく、博士の偉大さを認め、受け入れ、そして“博士の息子”である自分を踏まえた上で自分だけの道を見つけてみせた。そんなペパーは、私にとって宝でもあり、尊敬する人でもあり――。

「私にとってペパーは、親友に違いないよ」
「……おう」

 この言葉に嘘はない。けれど、最近この言葉を口にする度心にモヤがかかる。その原因も、今目の前にいる男だ。
 いつからだろう。ペパーの口から“親友”という言葉が紡がれなくなったのは。正確には、ネモやボタンたちも含めた会話をする時にはその関係性を口にする。けれど、私とペパーの2人になるとペパーはその肩書きを口にはしてくれない。私だけ親友ではなくなってしまったのだろうかという不安から、ことあるごとに親友だと口にしてみせた。その度にペパーは曖昧に笑うだけで、結果私の中にモヤモヤが溜まり、心を締め付ける不安材料に変わってゆく。……宝物のはずなのに。まるで呪いの言葉のようだと思ってしまった瞬間、心地良かったはずの夜風が突き刺すような鋭さで頬を掠った。

「明日からまた旅に出るのか?」
「……うん。オモダカさんから頼まれた視察を“旅”なんて言って良いのか、ちょっとアレだけどね。へへっ」
「良いだろ。別に」
「んー、でもさ。ちょっと悩むんだよね」
「何に?」

 私だけが前に進めていないような気がする。ネモはいつだって壁にぶち当たっても笑顔で突き進むし、ボタンだって人見知りなのに学生の為に頑張ってるし、ペパーなんて私からしてみたら誰よりも前に進んでいる。それなのに私だけ。私だけがこんなちっぽけな悩みでうじうじしている。別にペパーから避けられているわけでもないのに。こんな気持ちでペパーの傍に居るのは、ちょっと辛い。

「いつまでもフラフラするんじゃなくって、ちゃんと1つの場所に根を張った方が良いんじゃないかなって」
「1つの場所?」
「例えばエリアゼロとか。あそこはまだ不思議なことばかりだし、強いポケモンばっかりだから、誰か管理する人が居た方が良いんじゃないかなって」

 一応、ポケモンバトルは得意だ。それに心強い相棒たちだって居る。実はこれは心の中でひっそりと考えていたこと。それをオモダカさんでも、ネモでも、ボタンでもなく、ペパーに1番最初に打ち明けた。だってペパーは私にとって親友でもあり――。

「エリアゼロに行ったきりってことか?」
「まぁずっとは物資の面とかでも無理だけど。1年のほとんどはエリアゼロに居ることになるかも」
「……良いのかよ、なまえはそれで」
「んー……」

 空になったスープカップ。それを両手で握りしめて素直になれない気持ちを閉じ込める。別に嫌じゃない。自分から言ったことだし。だけど「良いよ」と素直に言えない。再び始まったうじうじとした思考に気持ちをどんよりさせていると「オレは嫌だ」とハッキリとした意思表示がペパーの口から放たれた。

「え?」
「オマエに会えなくなるの、オレは嫌だ」
「あ、会えなくなるって言ってもずっとじゃないし、」
「正直言うと、オレは今の頻度でも物足りねぇ」
「ペ、ペパー?」

 もう暖をとれるものはないはずなのに。私の中にボッと熱がこもるのが分かった。その熱源である心臓がどくどくと脈打っているのを感じつつ、ペパーの言葉を待てばペパーの視線が私を捉える。

「自分の親がもうこの世に居ないって知った時、オレはどうしようもなかった」
「……うん」
「疎んでたはずなのに、居ないって分かったらすっげぇ寂しかったし、悲しかった」
「……うん」
「どうしたら良いんだって打ちのめされたけど、なまえたちが――なまえが居てくれたから。オレは今この道を歩めてる」
「そんな……私なんて、」

 なんにも出来なかった――。その言葉をペパーは「傍に居てくれただろ」という言葉で否定してみせる。……傍に居ただけだ。それしか出来なかったから。親友ならもっとペパーに寄り添った言葉や行動をしてあげるべきだったのに。

「あの日から今日まで。オレの傍にはなまえたちが居た。だからオレの毎日は今ではものすっげー楽しいものになってる」
「そう言ってもらえるのは、嬉しい」
「オレにとっても、宝だぜ」
「……うん」

 ペパーから渡された“言葉”という宝物を大事に受け取ると、それと同じタイミングでペパーのモンスターボールからマフィティフが飛び出してきた。

「おわっ、マフィティフ!? どうした……って。そうだよな、悪い」
「ペパー?」

 バウッ! と元気よく鳴いたマフィティフに笑い、頭を撫でるペパー。たったそれだけで意思疎通を叶えてみせたのを見て、このペアがどれだけの間一緒の時を過ごしてきたのかを思い知る。“家族”――ペパーとマフィティフを表すとしたら、この言葉しかないはずだ。

「オレ、なまえともっと一緒に居たい」
「……ん?」
「パルデアを旅することがオマエのしたいことで、楽しいと感じることならそれは続けるべきだ。だけど、いつだって帰る場所はここであって欲しい」

 ペパーの言葉はきっと“小道の灯台”を指しているわけではない。そう思うのは、ペパーの頬がほんのり赤らんでいるから。ペパーは今、マフィティフという家族に背中を押されて私との関係性を変えようとしている。

「私に最近“親友”って言ってくれなかった理由、やっと分かった」
「……! ま、待て! 察しないでくれ!」
「えっ。ごめん無理。もう察しちゃった」
「それだとオレ、ダサい子ちゃんだろ! 好きなヤツに好きだって気持ちも伝えられねぇとか!」
「あ」
「あ? ……あぁー!?」
「ふふっ。ありがとう、ペパー」
「まじかよオレぇ……結局ダサいじゃんか……」

 なんだ、そっか。ペパーも私と同じ気持ちを抱いていてくれたのか。それが分かった瞬間、夜風が再び熱を冷ます心地の良いものへと変わるのが分かった。……ここは居心地が良いな。

「エリアゼロの件は結構本気で考えてるんだけど」
「……それがなまえのやりてぇことなら否定はしねぇよ」
「ありがとう。でもねペパー。私も、私の帰る場所はここが良い」
「まじかっ! ……まじか」

 テーブルをばんっと叩いて立ち上がるペパー。かと思えば再び腰掛け、顔の前で手を組みながら同じ言葉を反芻してみせる。そうしてその手を崩し、その上に自身の顔を埋めながらもう1度「まじかぁ」と嬉しさの滲んだ声を腕の中に吹きかけている。喜怒哀楽が分かり易いところ、昔からずっと変わらないな。

「ねぇペパー」
「ん」
「ネモやボタン、そしてペパーは私にとって“宝”で“親友”で“居場所”だよ。だけどね、ペパーには“私の帰る場所”にもなって欲しい」
「……任せとけ」

 美味しい料理作って待ってるから――あぁ。そんなこと言われたら、私はこれから先の旅で、何度もここに帰ってきちゃう。

「その代わり」
「ん?」
「いずれなまえには“オレの家族”になってもらうからな」
「ふふっ。……うん!」

 だけど、旅の醍醐味って“帰る場所のありがたみ”を感じるってことでもあるから。私は、明日からの旅がやっぱり楽しみでしょうがない。

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