冷淡を讃う

 もしも。私が重大な規律違反を犯してボーダーから追われる身になったとする。例えば、ブラックトリガーを持って近界に渡航しようとしたとか。

 そういう事態に陥った時、犬飼は間違いなく追手の一員として加わるだろう。私を良く知る人物でもあるし、私の行動を予測することなんて犬飼には容易いことだ。

 例え恋人である人間であっても、犬飼はなんの戸惑いもせず私を捕縛しそのまま記憶処理を施すのだろう。……もしかすると自分と恋愛関係にあったことさえ封印するのかもしれない。

 犬飼にはそういう徹底した冷淡さを感じる。それはボーダー隊員としては正しいことではある。だけどいざそういう場面に出くわした時、彼女としては少しくらいの躊躇はしてみて欲しいと思う訳で。

 例えばそんな行動に出るに至った過程を汲み取って庇おうとしてくれるとか。「行くな」と懇願してみせるとか。……ない。犬飼に限ってそれはない。

「なまえ。さっきから百面相してるけどどうしたの?」
「犬飼が私を切り捨てる可能性について考えてる」
「え、なにそれ? 俺がなまえを?」
「こないだのランク戦で自分の腕即行で切り落としたじゃん」
「あぁ。鉛弾が当たった時ね」
「それ見て思ったの。犬飼なら躊躇なく私のこと切りそうだなって」
「ちょっと待って。俺そんな短絡的な人間じゃないけど?」

 頬を掻きながら薄ら笑いを浮かべる犬飼に、事のあらましを話すと「なるほどね」と腑に落ちたようだった。「あの行為1つでそこまで思われる俺ってヤバいね」と笑いながら言葉を返す犬飼。

「で、もしそうなったら犬飼はどうする?」
「んー、どうだろ。その時になったら考えるよ」

 笑みを携えたまま目線を落とした犬飼に、それ以上の追及をするのはやめにした。犬飼の彼女になって分かったことだけど、犬飼はその場しのぎで物事を考えることはしない。
 この会話をした時点から、犬飼はそのもしもが訪れる未来を考え始めただろう。……もしかすると既に答えは決まっているかもしれない。
 その答えを覆すことは残念ながら私には出来ないことも知っているので、こればかりは祈るしかない。

「犬飼のこと私好きだよ」
「なに急に?」
「だからもし、“その時”が来たら犬飼になら殺されたって良いよ」
「……死まで持ち出すのは縁起悪い」
「あだっ」

 優しい鉄拳を喰らい、短く吐き出した声を笑う犬飼。……犬飼が優しい人だってことも知ってるから。自分を殺して導き出した冷淡さを憎む日が来なくていいように。

 私の好きな犬飼が、ずっと犬飼で居られるように。

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