春の涙

 菅原のことは高3からしか知らないけれど、私の中の菅原を例えるとしたら、“春”だ。
 初めて菅原を見た時は、陽溜まりのような人だと思った。近付いてみれば、それだけで体がぽかぽかと温まりそうな。そういう春の陽気を纏っていた。
 
 気のせいかもしれないけれど、とにかく菅原は圧倒的に肯定を返すことが多かった。誰と話す時も必ずプラスの言葉で応える。そういう部分にも温かさを感じていた。

 なんというか……うまく言えないけれど、桜みたいな危うささえも感じさせる儚さが菅原にはあった気がする。

 そんな彼が変わったなと思ったのは、結構すぐだった。確か、新入部員と共に行ったゴールデンウィーク合宿の辺りでその予兆はあった気がする。

「田中ぁ〜! 今日もジョリジョリ言ってるかぁ!?」

 2年生の田中くんにこういう冗談を言う回数も増えたし、普段の生活でもおちゃらけることが多くなった。もちろん、無理している様子も見えないけれど。それでも、あの短い期間で見た菅原だって間違いなく菅原だったはず。

 今だって基本的に菅原はプラスな言葉を多く口にする。そういう所は変わってないんだけれども。とにかく、うまく伝えることが出来ないけれど、確かに居たあの儚い空気感をもう1度味わってみたい。あの、一瞬目を離したらどこかに消えていきそうな危うい菅原を。……手放したくない、そんな気持ち。

「菅原ってさ、春生まれ?」
「いんや? 6月、梅雨だべ」
「あそう」

 くるんとした毛先は確かに6月っぽいな、とか思いもするけれど。「どうして?」と尋ねる彼に「菅原が消えちゃいそうだから」と具現化出来ていない私の気持ちを伝えた所で、左目の下に宿る泣きぼくろを下げて、困った顔をされるに決まっている。
 だから、それをされる前に私が曖昧に笑うことにした。

「え、なに。なんでそんな儚そうに笑うんだ?」
「……菅原の真似」
「え? 俺そんな儚げに笑うかぁ!? 嘘だべや」

 そう言って驚いた反応をする菅原は、こんな風に曖昧に笑うことはしない。
 だけど、確かに居たのだ。陽溜まりのような温かさも、その陽気に気を緩ませてしまうと、菅原が居なくなってしまうような、そういう危うげな雰囲気も。確かにあの日々だって、間違えようのない彼だったのだ。

 今はちょっとだけ、その菅原に会えないことを悲しいと思ってしまう。……本当に攫われてしまったような気がするから。

「無理、してないよね?」
「無理? なんの?」
「……ううん、なんでもない」

 勇気を出して言ってみた言葉も、菅原はきょとん、とした顔で返して来た。これが無理をしていない証拠なのかもしれない。だったらそれで良い。もしかしたら、これが本当の彼なのかもしれない。いつか、そう受け入れられる日が来るはずだ。

「なんか、よく分かんねぇけど。……心配してくれてんだよな? だとしたら、ありがとな」

 ありがとう、とお礼を言う顔はあの日見つめた彼そのもので。

 あの少年は確かに居たんだと、なんだか無性に泣きたくなった。

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