希望

 隣のらっきょう頭から漏れ出る溜息は何度目だろうか。数えるのも嫌になった頃、「くそっ」という短い言葉まで付け加えられた。

「ねぇ」
「あ?」
「うざい」
「うっ……す、すまん……」

 今の気持ちを3文字で伝えれば、金田一は言い返しもせず素直に謝罪した。そうやって素直にゴメンと言えるのならば、影山にだってそうすればいいものを。

「てか、そんなに駄目なことなの?」
「そりゃ駄目だろ……試合中だぞ?」
「でも別に金田一だけの行動じゃないんだし」
「そ、うだけど……」

 けど……の後に「アイツ色々大変だったし」と尖る金田一の唇。どうしてそんなに色んな所を尖らせたがるのだろう。
 そう思うのであれば素直にトスに喰らい付けば良かったのだし、それが嫌だと思うのならば影山のトスに付いて行かなければいいだけの話。実際、影山の県予選での暴走ぶりは目に余った。それに、そこに至るまでに金田一は懸命に影山のバレーに向き合っていたことを私は知っている。
 だからこそ、金田一がとったあの選択は決して間違いではないと私は思う。そうすることで影山にとっても何か1つのキッカケになったのかもしれないし。

「でも、もっと別の方法だってあったかもだべ?」
「そりゃそうだけど。金田一が言葉で伝えられる?」
「うっ」
「しかも相手はあの影山だよ?」
「む、無理だな」
「でしょ? だから、そこまで落ち込まなくていいんじゃない?」
「…………」

 まだ納得のいっていない表情を浮かべ、頭を掻くらっきょう男。国見みたいに割り切れればいいものを。この男はいつまでも突き放した相手のことまで心配してみせる。……不器用というか人が良いというかなんというか。

「……アイツのじいちゃん、コーチやっててさ」
「聞いたことある」
「アイツ、その影響でバレー始めてさ。そのじいちゃんが亡くなってから、よりバレーにのめり込んだ気がすんだ」
「そうなんだ」
「本当は俺だってアイツと差が付くのは嫌だし、負けたくもねぇ。でも、俺じゃアイツの隣に並ぶなんて到底無理だって思っちまうんだ」
「ふぅん?」
「ふぅんって……」

 愕然とした顔で私を見つめるけれど、これが私の正直な感想だ。金田一は影山の隣に並べないからバレーを嫌いになるのだろうか? そう考えた時、答えはノーだと金田一に訊かなくても分かる。

「金田一はバレーやり続けるんでしょ?」
「そりゃまぁ」
「じゃあそれで良いじゃん」
「……ん?」
「影山だってバレーを止めるなんて絶対有り得ないだろうし、あんたみたいな優しくて不器用な男は誰かのことまで考えない方が良いって」
「……そう、か?」

 そうだよ。金田一が気にしなくても、影山の問題は影山が向き合うんだから。だから、大丈夫。

「でも……」
「んー、じゃあもうずっと悩めば?」
「……みょうじ、もしかして俺のこと見捨てたか?」
「半分半分?」
「え、もう半分は何?」

 もう半分は、金田一みたいに一生懸命悩める人は今解決しなくても、ちゃんと解決する日が訪れると思うっていう私の希望。でもこれはあくまでも希望だから、胸の内にしまっておくことにするね。

「影山も大丈夫」
「そう、かな」

 多分きっと。影山も大丈夫。……これも、あくまでも私の希望。

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