黄昏ロマンス

授業が終わり、学習室としての役割を終えた教室はシンと静まり返っている。バレーをしていた頃は誰も居なくなった教室がこんなにも静かな事、西日が静かに落ちていき、夕焼けの名残りである赤さがほんのりと教室を照らす事なんて知らなかった。少し前まではこの時間帯はこれから始まる部活動の組み立てで忙しくしていたのに。今ではポッカリと頭を空にする事が出来る。贅沢な事だとしみじみと黄昏時を味わっていた時。

「やっぱり振られた〜!」

ガラガラと勢い良く開かれた戸と同じタイミングで悲痛な叫びが届けられる。そこで自分がなまえによってこの黄昏時に教室に居る事を思い出した。

みょうじなまえとは高校生活その全てで同じクラスとなり、その縁もあっていつしか1番良く話す女子生徒となっていた。そして、なまえと話す時だけは他の女子と話す時みたいに自分を飾らずに済んだ。そんな自然体のまま接する事が出来るなまえは自分にとって心地の良い存在だった。そんななまえの事を好きになるのに、時間はそれほどかからなかった。

「はいザンネーン! なまえちゃんも独り身仲間〜! だっさいねぇ、お前」

だからこそ、なまえ前では何故かこうもただの男になってしまうのだ。



「彼氏から話あるって言われた……。こないだ喧嘩したばっかだし、嫌な予感しかしない……。ねぇ、及川。お願い! 私が話してる間、教室に残ってて欲しい!」
「えぇ。ヤだよ。部活も引退したし、さっさと帰りたいんだけど」
「そんな事言わないでよ! 振られるって分かってて、1人でバットエンドに向かえって言うの? アフターケアしてよぉ。愚痴聞いてよぉ」

 悲痛な表情を浮かべて助けを求めてきたなまえを「分かったから!」と追い払うようにして教室の外に追い出した数十分前。帰って来たなまえを見る限り、なまえの嫌な予感は的中したようだ。

「なんで? 私、結構相手に尽くしたんだよ? それなのに“つまんない”って……! “飽きた”って! 酷くない!? 私ってそんなに魅力無い?」

 他の女子からの相談ならば、優しい事を言えただろう。

「魅力的過ぎるから、男が自信を無くしちゃったんだろうね」

 そんな優しいウソでも繕えるのに。

「まぁ、好き好き言われ続けると満足しちゃうもんなんじゃない? 男は追われるのは好きじゃないって言うじゃん。お前は追い過ぎたんだよ。うざかったって事でしょうよ」

 なまえに対しては慰める事も出来ずに、ただの言葉になってしまう。

「まじかぁ〜……。男心って難しいなぁ。てか、及川ってさぁ、結構辛辣な事言う割にはモテるよね? なんで? 不思議」
「さぁ? 顔じゃない?」
「うわ、出た。自分でそれ言う?フツー。……でも確かに、及川って顔はマジでダントツだよね」
「まぁね」
「うわ、ムカツク」

 こんな風にバカ言って笑い合える間柄の俺じゃなまえの相手は務まらない?俺、顔良いからさ、一緒に歩いてると結構自慢出来ると思うんだけど。

「でもこうやって話すと残念だって事、分かるよね」

 イケメンで、楽しく話も出来て、ってこんな高スペックな男の何が足りないのさ。もし、足りないと思ってる事があるなら問い詰めてよ。俺、努力するし。

「大体及川って背も高いし、顔も整ってるし、愛想良いし、運動神経も良いし、って結構高スペックじゃん。そんな相手に恋をしようって、結構ハードル高いよね」

 もし、なまえがそれら全てのせいで俺を恋愛対象として見てくれないんだったら、俺自身が自慢に思ってる事全部を切り捨てて良いから。

「ま、それでも及川は友達としてみれば最高なんだけど。相談にも乗ってくれるし」

 元から見当違いって事は承知してるよ。こうやって築き上げてきた関係性だからね。俺達。

「はぁ。結構好きだったんだけどなあ。相手の事」

 くしゃくしゃに笑った後、外の景色に視線を流すなまえは自分の恋の終わりを実感している。

「一生懸命だった恋もこの黄昏と共にサヨウナラですよ」

 そんなポエムじみた事を言いながら。なまえはしっかりと自分の恋が黄昏に変わっていくのを噛み締めていた。偉いね、なまえは。……俺の恋は始まってすらないんだけれど。

「ねぇ。なまえ」
「んー?」
「俺らの人生はまだまだ先がある」
「ん?」

 唐突に切り出す俺の言葉に、暮れゆく空から視線を戻し、俺をじっと見つめるなまえ。その瞳はこれから続く俺の言葉を楽しみにしているのが分かる。

「人生自体、終わってやしない訳ですよ」
「なんかポエムっぽい」
「これから続く人生、始まったばかり、ましてや始まってないモノばかりだ」
「……まぁ。そう考えると、ちょっとは救われるのかも」

 なまえの表情が柔らかくなる。垂れた目じりが可愛らしい。なまえはおばあちゃんになって、その垂れた目じりに皺が出来ても、その笑顔が可愛い事に違いは無いんだろうね。俺はやっぱりその姿を隣で見てみたいと思う。
 例えば俺の人生にも終わりが近付くとする。そんで、木漏れ日がさすベンチに座って、俺の人生を振り返った時。俺の幸せはなまえと共にあって、なまえの幸せを1つくらい増やせてあげられていれれば良いななんて、そんな事を思うんだよ。それくらい、俺はなまえの事が好きで、お前の全部を分かってあげたいって思う。
 だからさ、これからもなまえが話す全部に頷いてあげれるように。俺はずっとなまえの側に居たいんだ。

「だからさ、なまえ。俺と、この黄昏時に、新しいロマンスを始めてみない?」
「えっ? なにそれ? 新手のナンパ?」
「ナンパでもなんでもいいよ、この際。“最高の友達”だと思っていた相手がもしかしたら、“最高の彼氏”になるかもしれない」
「えぇ、どうだろう?」
「始まってもない関係なんだから、どうなるかなんて分からないじゃん」
「ま、まぁ……そう言われれば、そう、かも……?」
「だから、これから始まる色々な事の第1歩を、俺と一緒に踏み出してみない?」

 俺らには始まりや、始まってないものばかりだって事に、ねぇ。なまえ、気付いてる?

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