星を挙げる

「手錠の練習に付き合ってくれないか」

 言われたその瞬間はさすがに呆けてしまったけど、すぐに「手錠?」と訊き返せば「そう。なんていうか……こう、いざ! って時に失敗したくないし」と困ったように笑う大地。

「練習に付き合うのは別に良いんだけどさ。手錠って練習要るの?」
「それは……ホラ、さっきも言ったべ? ちゃんと出来るようになっておきたいって」
「ふぅん? なんかヤラシイこと考えてない?」
「なっ……! お、俺は別にっ」

 途端に顔を真っ赤に染め上げて警察官らしからぬ動揺を見せる大地。普段はあんなに凛々しいくせに、この手のからかいにはいつまで経っても初心な男だ。
 そういう部分に愛しさを感じつつ、そろそろ観念してやるかと追撃の手を止める。大地が普段と違うことを言う時、必ず何か裏があることを私は知っている。だって私は、大地の彼女だから。大地がどれだけ職業柄観察眼を養ってみても、私の大地を見る目には敵わないだろう。

「はいどうぞ」
「お、おう……」

 両手を差し出し見上げてみれば、ゴクリと唾をのむ音が大地の喉元から聞こえてきた。……大地さん、さすがに緊張しすぎでは? 本当に手錠をかけるってなった時、それじゃ先輩に怒られると思いますよ? なんて心配は喉元まで。本当に手錠をかけないといけないってなった時、大地は絶対失敗なんてしないって言いきれるから。
 じゃあどうして今目の前に居る大地がこんなにも緊張した面持ちかっていうと、それはきっと、大地が私の彼氏で、私が大地の彼女だから。

「なまえ……その、目を……」
「目?」
「目を瞑っていただけないでしょうか……」
「ぶふっ……それじゃ練習になんないじゃん」
「そ、うなんだが……」

 実際の手錠を持ち出す訳にはいかないので、今私と大地の間にあるのは黒いひも。元を正してみれば黒いひもが手錠の代わりになんてなるはずもないのだ。そこをどちらも突かないのは、それを言ってしまえば元も子もないからで。……大人2人、とんだ茶番を繰り広げているのだけれど、それがどうしようもなく嬉しいから。

「分かった。目、瞑ってあげる」
「ありがとうございます」

 心底ホッとした声色を放つ大地を笑って目を閉じれば分厚い皮膚に覆われた大きな手が触れてきた。ゴツゴツしてるけど、とても優しく触れてくる手からは大切にされていることが伝わってくるから、もっとたくさん触って欲しいと欲張りな気持ちが湧き起こる。

「出来た」
「もう目開けていい?」
「……おう」
「……ふふっ」
「えっ、なまえ?」

 目を開けて施された手錠を見つめた時、思わず零れ落ちた笑み。大地にとってその反応は意外だったらしく、分かり易く慌てている。その様子にもう1度笑いがこみ上げてきそうになるけど、それを抑えて「ありがとう。すっごく嬉しい」と伝えれば「良かった……。俺、外したかと思った」とようやく安堵の表情を浮かべる大地。

「欲しかったやつ。よく知ってたね?」
「こないだ雑誌で見てただろ? それで、なまえの好みそうだし……」
「うん。この星が可愛いでしょ? でも自分で買うには高いしなぁ……って迷ってた」

 手錠は片方だけ。黒いひもではなく、シルバーのチェーン。手首を目線より少し上に掲げ、照明に当てればキラキラと小さな星が輝く。

「大地が私のことよく見てるってこと、思い知りました」
「俺はずっとなまえのこと見てるぞ」
「……うん」
「誕生日、おめでとう」
「ありがとう、大地。大事にするね」
「おう」

 宝物を閉じ込めるように胸に抱え直せば、「それと、」と大地からオマケの言葉を付け足された。

「今回はブレスレットだけど、いつかは左薬指に指輪を嵌めさせて下さい」
「……うん!」

 指輪のサイズ測る時、気付かないフリしてあげるから。だから大地はこれからも一緒にとびっきりの幸せを味わってよね。

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