不束な愛を手折る

※大結描写あります



みょうじなまえ様


 一生懸命筆で書いたであろうその文字は、達筆とは言えないけれど、その中にしっかりと可愛らしさと幸せを詰めて私の手元に届けられた。

 私はその白い封筒を届けられた時、封筒の白さよりも真ん中に浮かぶ名前の黒さに吸い込まれそうになった。



 定期とは呼べずとも、決してなくなる訳ではない頻度で行われていたバレー部の飲み会。

「結婚することになりました」

 その報告に湧き立つ歓声。中心で嬉しそうな笑みを浮かべているのは、私が数年間秘かなる思いを寄せている当時の主将。彼の笑顔は周囲の人間にも伝播し、「大地さん! おめでとうございます!」「田中清水の次は澤村道宮かぁ!」と声を弾ませている。

「……おめでとう」

 厚意に溢れかえる温かい空間でただ1人。私の声だけが軽々しく、ズドンと重たい鉛をつけたかのように地面へと沈んでいった。

「結が悩んでた」
「……なにを?」

 ひとしきり盛り上がった後、ようやく落ち着きを取り戻した席で澤村がポツリと告げる。随分前から呼び名が“結”に変わったというのに、いまだに私の胸を鋭い痛みが貫く。その痛みをひた隠しなんでもない顔をして澤村との会話を続けてみせる。澤村はそんなことに気付きもしないのか「なまえのこと、どっち側で招待しょうか――って」と笑う。

「どっちでもいいんじゃない? 今はそんなにこだわることでもないみたいだし」
「まぁな。新郎新婦友人で招待すればいいんだろうけどさ。“なまえとは3年間同じクラスだったし”って」
「結ってば本当可愛いね」
「……うん」

 少し間を開けて頷く澤村。その絶妙な間が真実を告げてきてまたしても心に傷を負う。そう仕向けたのは私だというのに。自分がバカみたいだ。
 これまでもずっとそうだった。澤村のことがずっと好きで、それと同じくらい結のことが好きだから、自分の気持ちをひた隠しにして。そうして何度も自分の心を殺して。
 それでもなくなってくれない気持ちが憎くて愛おしくて、哀しい。

「結婚おめでとう、澤村」
「あぁ、ありがとなみょうじ」



 好いた男から別の人間と結婚するという知らせを受け、その場に招待されることほど辛いものはない。

 けれど私には“行かない”という選択肢もない。澤村は私の好きな人であり、友人でもある。その友人が幸せになるという。その姿を私にも見届けて欲しいという。――それが、澤村の願い。ならば見届けなければ。友人の為、好きな人の為。

「澤村! 結! 結婚おめでとう!」

 好きな人の幸せは、例えその隣に居るのが私でなくとも。願うべきだし、願ってしまうのだ。

BACK
- ナノ -