ネームレス

 料理は科学だ。――そう言い切る俺にアイツはいつもむすくれていた。だけど、3700年経った今でもやはり料理は科学だと思う。味付けは調味料の組み合わせだ。そしてその調味料は突き詰めれば科学へと通じる。
 だから原始時代に逆戻りした現代でも、科学さえ扱えればラーメンやコーラといった馴染み深い料理も作れた。

 でも。3700年という長い年月をかけて改めて分かったこともある。

「料理はね、もっと奥深いんだよ」
「あァ? ンなの当たり前だろうが。なんせなまえがやってんのは科学実験と一緒だからな」
「ちーがーう。千空ってば全然分かってない」
「はぁ? 料理は科学だろうが」
「んもう! だから分かってないんだって!」

 確かに、俺は分かっていなかったのかもしれない。科学の奥深さを。あぁ、こういう言い方をしたらなまえはまた怒るかもしれない。



「あぁ……やっぱマジぃ」

 ラーメンも作れた。コーラも作れた。だけど、美味しいとは思わない。それは単純にそれの為に作られた材料を使っていないということも大きいが、それだけじゃないことを3700年かけて思い知らされてしまった。

「人のこと言えねェじゃねぇか。……なぁ、なまえ」

 俺の家庭環境を知っているなまえは良く俺の家に来ては大してうまくもない料理を振舞った。そしてそれに文句を言いながら2人、時には白夜を入れた3人で食した。
 あの時口に入れたなまえの料理はどれも舌鼓が打てるようなものではなかったハズだ。それこそ、俺が作った料理のが美味くてなまえが歯痒そうにすることも多かった。
 それでもなまえは料理を作ることを止めなかった。その理由を訊いても「奥深いから説明できない」と論理的でない言葉で躱された。その合理さに欠けるなまえの言葉に「100億パーセント理解できねぇ」と眉を寄せ続けたあの日々。

 だけど、今ならなまえの言う奥深さが分かってしまう。科学に通ずるといえばそうだし、それをも包み込むもっと深いもの――恐らくなまえが言っていたのは後者だろう。確かに、奥が深い。

「ククク。なまえのまっずい料理、久々食いてぇな」

 なぁ、なまえ。お前は今どこで石化してやがんだ? 早い所その姿を見せやがれ。……いいや、違う。俺が探し出してみせる。それこそ科学の力で。3700年越しの再会を果たした時、アイツは俺の姿を見て笑うのだろうか。それとも泣くのだろうか。どちらにせよ、俺が抱く感情は恐らく決まっている。だが、それは実験してみないと分かり得ないこと。

「……唆るぜ、これは」

 だから今は。俺を掻き立てるこの原動力に名前を付けることはまだしないでおく。

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