Oh my God

 この世の全員敵。誰も信じるな。信頼したが最後。バカを見るのはこの私。

 これを、もっと早くに自覚出来たら。そう思ってももう遅い。この年で借金背負わされて“そんなことない”なんて綺麗ごと、思い浮かびもしない。

 この人となら――そう思えた相手はヤバイ相手に借金して、それを私に擦り付けて雲隠れ。ナニコレ? 私の人生ってナニ? そんな風に自棄になってみた所で、なんにも変わらない。あるのは目に見えない莫大な負の財産のみ。

 要らないモノ程増えていく。脈々とツタのように。根を張り私の体を締め付け、いつしか首元に届き、息の根を止める。そんなの、絶対嫌だ。バカを見るくらいなら、他人を蹴落としてでも生きてやる。



「お前、見慣れねぇ顔だな。新入りか?」
「離してっ、」
「俺の金騙し取ろうなんざ、いい度胸してんなぁ。オイ?」
「っ、」

 あぁ、駄目だった。抗えなかった。私なんかがどうにか出来る人生じゃなかった。横領しようとしたらコレなんだから。しかもここのオーナー、見るからにヤバイ。女だから、なんて温情は期待出来そうもない。無慈悲で冷徹。そんなオーラが漂っている。

「柴さんの店で盗み働こうとしたのが間違いだったな」
「バカ女じゃねぇか」
「カワイソー。こりゃ飛ばされて終わりだな」

 取り巻き達が面白おかしく囃し立ててくる。良いよなアンタらは。他人様の人生で顔を歪ませてりゃいんだから。それに比べて私は私の人生だ。まったく笑えない。

「どうしたら見逃してくれる?」
「あ? 見逃す? バカかお前は」
「じゃあアンタを殺せばいい?」
「はっ。殺せんのなら殺してみろ。ホラ」
「……っ、イカれてる」

 ホラと笑いながら内ポケットから出てきたのはタクティカルナイフ。護身用といえど、こんな鋭利な物を常に持ち歩いているのか、この男は。でもそれは、この男がそういう世界に身を置いているということを表している。……駄目だ。私にはこの男程の覚悟なんてない。

「……もういい。ここまでね」
「あ?」
「私の人生なんて、こんなモンだったってこと」
「……」
「必死こいて生きてみた所で、どうせなんにもない」

 地面に落としたナイフを拾う。突き付ける先は自分の首。これが手っ取り早く絡みついたツタを切る方法なんだと悟れば、それでいいと思えた。……それしかないと、思うしかなかった。

「騒がせてすみませんで――えっ、ちょっ、アンタ何やって……」
「こんなモンで死ねるか。バカが」
「はっ、えっ。血っ、」
「お前みてぇな素人がこんな小せぇナイフで自殺出来るかよ」
「な、にを……」
「大体、他人様の店で死のうとしてんじゃねぇ」

 突き付けたナイフは大男の掌によってすっぽりと覆い隠され、そのまま力任せにぶん投げられた。柄を握っていた私の両腕も持って行かれて、そのままペタリと地面にへばりつく。死ぬことも出来ないなんて。あぁ、なんて惨めなんだろうか。私には他人を蹴落とす力もなければ、自分で死ぬことさえ出来ない。
 非力さに打ちのめされ、手を突き見上げる先には威厳のある大男。コイツの手にかかれば私なんて瞬殺なんだろう。そう思った途端、この大男がまるで神様のように見えた。

「どうせ金に困って――とかそういう下らねぇ理由だろ」
「下らないって……!」
「そんなんより大事なモンがあることに気付けねぇ時点でお前は下らない女だ」
「なによそれっ……そんなの、分かるワケないでしょ!」
「じゃあ分かるまで生きてみやがれ」
「はっ……?」

 そう言って私を立たせた大男は、「着いてこい」と滴る血をものともせず歩きながら命令してきた。そうして「分かるまで教えてやるっつってんだ」とも。

 呆然と立ち尽くす私を横目で見つめ、「早く来い」と言われれば自然と歩き出すのは私の両足。私の意志なんて関係ないかのよう。この人は、私を操る神様なのかもしれない。
 他人を信じたら最後だと、もう痛いほど分かっているのに。分かっているハズなのに。どうしてか、この人の言うことだけは絶対なのだと心の奥底がそう躾けられたように叫んでいる。

 まるで、この男は私の神だと、天からの啓示を受けたように。

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