ここが頂の景色

※夢要素・名前変換ありません


「……おい、旭。今こそアレ言う時だろ」
「えっ、無理だべ。こんな雰囲気で言うのなんて」
「なんでだよっ。今言うべきだろ。“いよいよ――”って」
「なんかガチっぽいじゃん」
「いやガチだろ」

 春高から数日。バレー部を引退する3年生の為に、1・2年生や監督、コーチ、町内会チームが用意してくれた引退試合で汗を流した帰り道。
 そこには悲しい程に“しんみり”とした空気はなく、いつもの“のんびり”とした空気が漂っているだけ。

「……でも、本当に終わったんだな。俺らのバレーが」
「あぁ。だな」

 けれど、そこにはやはりほんの少しの“寂しさ”が含まれているのも事実。

「ほんと、色々あったな」
「え。この流れ俺が昔止められたヤツ」
「旭が言うとマジだからなんかダメ」
「えっ!? 大地が良くて俺はダメって何判定?」
「へなちょこ判定」
「なんだそれっ」

 澤村の言葉に東峰が反応し、その反応には菅原が反応し、といつものやり取りを交わしながらも内容は烏野で過ごして来たバレー人生へと戻って行く。

「1年が来た時、まじでビックリだったよな」
「あぁ。とんだワルガキ共だったよ」
「……俺知らないんだけど」
「旭はヘタレてたからな」
「うっ……」
「でも、1年生や2年生のおかげで無事旭も戻って来たし、良い指導者にも恵まれたよな」
「だな。……なんか“色々あった”じゃ間に合わねぇ気がしてきた」
「ふはっ。確かに」

 そうして3人が三者三様に思い出話を語り、それを受けて笑ったりムキになったりを繰り返して、それもひと段落着いた頃。

「――でも、俺。1つだけ後悔があるとすればさ、」

 ポツリ、小さな声で菅原が言葉を紡ぐ。

「やっぱり、最後はコートの中に居たかった」
「スガ……」
「そりゃ勿論、山口を送り出した判断を恨むなんて絶対にない。でも、それでも思っちゃうんだよな。……現役最後くらいは、コートに立っていたかったって」

 引退試合してくれたのにワガママだよな、と菅原は普段通りの顔して笑う。けれど、その笑顔が本物ではないことくらい、ずっと一緒に過ごして来た仲間なら言わなくても分かる。

「ワガママなんかじゃねぇ。俺だって、後悔はしてるさ」
「大地も?」
「あぁ。もっと、春高のピリピリした試合の空気を味わいたかった。……センターコートの上でお前らと、悔し泣きじゃなくて、嬉し泣きをしたかった」
「……そうだな」

 あの日、あの一瞬。今日に至るまでに通って来た日々は決して忘れられない。烏野に来た理由はそれぞれ。けれども、苦楽を共にするうちに目指すものは1つになった。

――落ちた強豪? 飛べない烏?

 上等。そんな不名誉な称号、俺たちが返上してやる。

 顔見知りから、友達へ。友達で仲間。自分たちはそういう存在だと、言わなくても分かっている。
 試合に負けて悔し泣きするのも、試合に勝って嬉し泣きするのも。ずっと、ずっと一緒だった。

 だからあの一瞬も、立つ場所は違えど3人一緒だったからこそ、受け入れることが出来たのだと思う。

「あ、でも。俺のバレー人生の最後に上げたボールを、お前らが打ってくれて良かったと思ってる」

 シンとなってしまった空気を吹き飛ばすように、菅原が明るい声を飛ばす。その声に嘘が含まれていないこともまた、言わなくとも判る。

「……俺も、お前らだけだから言うけどさ。本当は、スガのセットアップで優勝決めるつもりだった」

 東峰の言葉はすぐそこまで戻って来ていた“いつも通り”を吹き飛ばすには十分すぎる言葉だった。

「はっ……おまっ、なっ……なんでそういう泣かせること言うの? ねぇ」
「えっ! ご、ごめっ」
「今のは旭が悪い」
「えっ、大地まで泣いてるっ?」
「うるっせぇ。お前も黙って泣いてろ」
「えぇ……」

 菅原だけでなく、あの澤村でさえ瞳から涙を零している。唯一泣いていないのが東峰という異常事態にオロオロしているのは東峰本人。

 さてどうしたものかと考えあぐねた結果なのか、東峰は両サイドに居る仲間の肩を両手で抱き寄せ「今までありがとな」と空を見上げながら言葉を放つ。

「はぁ? ロマンチストですかコノヤロー」
「ひげちょこが格好付けてんじゃねぇ」
「ちょ、お前ら本気で泣いてる?」

 こんな時でも変わらない仲間の野次に、狼狽えながら顔を覗き込むと、瞳は腕で隠されていたが、双眼からは確かに大粒の雫が零れ落ちていた。

「……いよいよ、引退か。俺たち、本当に色々あったよな」
「ここでフラグ回収してんじゃねぇよ。ひげちょこのクセに」
「……ほんとに、お前らはいつになっても変わらないな」

 いつしか3人の声色は穏やかなものに変わっていき、気が付けば笑顔も戻って来ていた。
 
 烏野に来て、みんなと出会って。色々なことがあったけれど。決して独りではなかった。コイツらが居たからこそ、見ることが出来た景色。

 それはどの景色よりも勝るモノだと胸を張って言おう。

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