恋と治は2人を待つ

「面貸せ」
「どつくぞ。出直せ」

 人の部屋にズカズカ入ってきて何を言うかと思えば。開口1番失礼をかましてきた侑にカウンターを喰らわせたはずなのに、侑はゾンビの如くしぶとく私の部屋に居座る。その気配に舌打ちをしてみせても、侑は「なぁ〜はよ。はよ準備して」と構わず催促をかけてくる。一体誰がいつ承諾をしたか。誰が「行くからちょっと待っとって」なんて言っただろうか。さっさと出て行って欲しい。こっちはゲームに忙しいのだ。

「人をダメにするってやつやん。ちょお座らして」
「あほボケ今近付くなボケあほ」
「むっちゃ威嚇してくるやん」

 私が体重をかけているソファに手を出そうとしてきたので、唯一空いている口をめいいっぱい動かしそれを牽制する。大体、いくら幼馴染だからといって年頃乙女の部屋にノックもなしに入ってくるとはどういう神経をしているのだろうか。まぁここを責めた所で「だってなまえの部屋鍵ついてるやん。かけてへんってことは入ってええよってことやんか」などという屁理屈を返されるだけだ。

「いつまで居るん?」
「まだ来て3分も経ってへんわ。カップラーメンかて時間欲しがるで」
「知らん私カップラーメン3分待てんへし」
「ほんま? ウルトラマン泣かせやん」
「意味分からんわ」

 いつの間にかソファに寄りかかってダラダラしはじめる侑。すぐ近くでうごめく物体を気配で感じつつ、視線はゲームに向けたまま「んで、なんの用があったん」とここに来た理由を問う。そうすれば侑はガバっと体を起こし「あ! サムのこと忘れてた!」と叫ぶ。その声がうるさくて、堪らず手で近くに居るであろう侑を叩いた。その手が手応えを感じるのと同時、「痛っ」と先ほどに比べ小さくなった悲鳴が侑の口から零れ落ちる。

「アイツ、今定食屋に居るらしいねんけど」
「ふーーん」
「初めて入った店やったらしく」
「ほぉ」
「そんでめちゃくちゃ美味しくて感動しまくって食べまくったらしい」
「へぇ」
「そしたら金が足りんくなってんねんて」
「あほやん」
「あほやろ? そやからさっき“助けてくれ”って連絡が来てん」
「さっさ行ったれや。大事な片割れやろ」
「せやからなまえも行こ」

 いや何故に。まさか侑も金欠だなんてことはないだろう。あったとしても1人分の食事代くらいはどうにか出来るだろう。外はもう随分と冷たい風を吹かせるようになっているし、そんな中を治助けの為に出歩きたいとは思えない。この暖房の効いた快適空間でゲームに没頭していたい。

「アイツの困り果てた顔、見たない?」
「はよチャリンコ出せ」

 ゲームなんてしている場合じゃない。今この世で1番面白いイベントは現実世界で起こっている。ゲーム機を放り、出掛ける準備を始めた私に侑が「現金なヤツやなぁ」と呆れたように呟く。知らないのか侑。宮ブラザーズと私の中に、誰1人として仏心を持った人間なんて居ないんだぞ。ただちに準備を終え、「行くで」と親指で後ろを指し侑を従え家を飛び出す。大丈夫、スマホはちゃんと持って来た。……それに、外だって寒い。



 寒い。いくら前に居る侑を風よけにしていたとしても、この寒さには敵わない。というかこの寒空の中自転車を颯爽と漕ぐだなんて無謀にも程がある。

「寒い〜……」
「そうか? 俺は丁度ええけど」
「アンタと私の間にある筋力差を考えんかい」

 そう言って背中をペチっと叩いても、「まぁ。なまえよりかは鍛えとうしな」と誇らしげに鼻を鳴らされるだけ。そのことにまた1つムッとする気持ちが込み上がるけど、相手にした所で寒さが紛れることはない。それよりももっと効果的な暖の取り方――そう考え、侑のアウターに顔をピッタリとくっ付けてみた。熱がある方から譲って貰えば良いのだ。

「ちょおっ!? な、何?」
「いや冷た」
「は?」

 その考えは数秒後には間違いだったと気付かされ、悔しさから背中をもう1度叩いた。今度はさすがの侑も動揺したらしく、「え、え?」と混乱している。自転車の軌道も少しだけ蛇行したので、慌てて抱き着けば「ちょ、さっきから何?」と再び慌てる声。

「少しでも風避けになれば〜思うてんねんけど。なんでこないシャカシャカジャンパーやねん」
「ジャンパーて。久々聞いたわ」

 背中に顔を引っ付けるに至った経緯を明かせば、硬直していた背中が緩んだ。そのまま運転も安定を取り戻した所で、また1つ案が浮かぶ。それを実行しようと「ポケット、貸して」と言いながら侑の両ポケットに手を突っ込む。……うん、さっきよりはマシだ。

「これで少しはマシになったわ」
「いや絵面考えろや」
「私は誰にも顔見られへんし。別にええやん」
「俺のこと考えろや。こないバカップルみたいなこと白昼堂々したないわ」
「え、嫌なん? 侑は私とそういう関係になりたないの?」

 わざとらしく声色も潤ませてみせた。きっと侑はツッコむかノるかしてくれるだろう――そう予測する私に反し、「なっ、お、俺は……っ」と再び揺れる侑の声。

「……なぁ。寒い中外出たんはサムの為なん?」
「……サムの為っていうか、私の為」
「なんで? さっき寒い言うてたやん」
「寒いからやん」
「……は?」

 治の困った顔が見たいっていうのももちろんあるけど、寒い中だとこうして侑とくっ付けるかななんて思ってしまったのだ。こんなこと、恥ずかしくて言えなかったのに。今は侑の顔を見ずに、私の顔を見られずに済むから。言ってしまった。堪らずポケットの中に入れた手に力をこめれば、図らずも侑により抱き着くような格好になってしまう。

「なまえ。ちょお、どういう意味やねん」
「せやから、寒いからこそ、今こうしてることに理由が出来るやんか」
「それって……、」
「あーもう! さっさ漕げこのボケ!」
「なんで急にどやされんねん。さっきまでの甘酸っぱい空気秒で吹き飛ばすなや」

 なんやねんほんま――そう吐き捨てる侑は、口調こそ荒いけど耳は心なしか赤い。それはきっと、冷たい風のせいだけではないはずだ。だけど、まだ。私たちはその理由を明かす勇気が持てない。

「てか侑。アンタ金ちゃんと持って来てんの?」
「……ポケットに1,000円くらい入ってへん?」
「四次元ポケットであれと願ってもっぺんガサ入れるわ」
「……頼む」

 それよりも今は。偉人が載った紙を探すことに必死になるべきだ。

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