菅原に休憩時間は訪れない

「みょうじ、今週の日曜に練習試合が入ったんだけど」
「えっ澤村っ!?」

 素っ頓狂な声をあげた私に、「スガじゃなくてすまん」と本気で申し訳無さそうにする澤村。違うそうじゃない、という言葉はナチュラルなトーンで言う自信がなかったので「えと、日曜日ね。了解」と話題を本題に戻す。

「毎回申し訳ないな」
「私が行きたくて行ってるんだし。澤村は気にしないで」
「でも、今回のは急だったし試験近いし。ほんと、無理しなくていいから」

 男子バレー部の応援に通い続けてもうすぐ2年。この2年、勝ち試合よりも負け試合ばかりだった彼らの試合観戦は、悔しさで肩を落とし続けることの方が多かった。だけど、決して挫けず、“落ちた強豪”と笑われようとも“飛べない烏”と揶揄されとも、前を見続けた今の3年生達のことは本気で格好良いと思っている。

 中でも、私の視線を集めているのは他でもない目の前の男。……当の本人は、私の目当ては菅原と勘違いしているみたいだけれど。
 確かに、私と菅原は中学から一緒でよく話もする。だけど、高校になってから私と菅原の間で交わされる話題のほとんどは澤村のこと。いい加減、私の2年越しの恋に気付いてくれないものか。

「……無理か」
「ん?」

 ん? と首を傾げる澤村は、本当に何も分かっていない。その姿を見て、なおのこと“無理か”と思い知らされる。1組の道宮さんなんて、片思いの始まりは中学生に遡るらしい。だというのに、澤村はそれすら気付かない鈍感っぷり。その鈍感さに安心するような、ハラハラするような。

―俺はみょうじのこと応援するけど、他の人のことだって応援するからな

 なんて。どんだけ無情な野郎なんだ、菅原は。そういえば、その後に“だって俺は大地の味方だから”とも続けていたっけ。澤村の相手に相応しいと判断すれば、菅原は応援するというスタンス。……ということは私は菅原判定はクリアしているということ。

「ちょっと嬉しいとか思うの、変だよね」
「みょうじ?」
「あ、ごめん。菅原のこと考えてた。どうして今日は菅原じゃないの?」

 いつもは練習試合や試合の日程は菅原を伝って耳にしている。それなのに今日は、わざわざ朝礼後の短い時間を使って澤村がやってきたのだ。これは一体どういうことか。素っ頓狂な声をあげてしまった原因はここに繋がるのだけど、澤村は勘違いに勘違いを重ねてゆく。

「アイツ今日日直でさ。職員室に呼ばれてるんだ。代わりに言っといてって頼まれたんだけど……スガのが良かったよな」
「ち、違うくて……! わざわざゴメンね。あとでスガのこと締めとくわ」

 違う。菅原のが良いとかじゃなくて。正直に言えば、菅原よりも澤村のが嬉しい。私の声のトーンが上擦ってるので気付いてくれないかな。なんて、願ったってムダなんだよ、澤村相手には。

「やっぱ中学から一緒って良いよな」
「そう?」
「俺も、道宮とは主将同士だし話し易い部分あるよ」
「……」
「心強いっていうか」
「……き、だから、だよ」
「ん?」

 ん? って。澤村は、本当に何も分かっていない。私との会話で、他の女子の名前を口にするのがどういうことなのか。
 どれだけ私の心が傷付いているか。他の女子のことをそんな風に言われて、私の心がどれくらい真っ黒に染まっているのか。どうしてそんな気持ちになるのか。なーんにも分かってない。

 ぜんぶ、ぜんぶ。

「私は! 澤村が好きだから! 澤村の格好良い姿が観たくて試合を観に行ってる! 澤村の頑張ってる所を誰よりもたくさん観たくて菅原に試合の情報教えてもらってる! 菅原と話す会話のほとんど、ていうか全部! 全部、澤村のことだし! てか私、澤村のことずっと好きなんですけど!? いい加減気付いてよ…………バカ!!!!」
「……ば、ばか、」
「……あっ」

 しまった。勢いに任せて罵声を浴びせてしまった。バカはない。好きな人に向かってバカとは。
 やってしまったと思った時には既に遅い。澤村は最後に放った“バカ”に面を喰らって口を開けている。何言ってんの私……。ほんとに。バカは私だ。

「ご、ごめっ」
「好き…………えっ」
「えっ」

 すときを合わせた文字の意味を理解したらしい。2文字を呟き一拍間を開けた後、澤村の頬は真っ赤に染め上げられた。その反応を見て、今度は私が口を開く番。

「あー……すき、好きって……あー、あー」
「ご、ごめんっ。勢いに任せてつい、」
「あ、いや。あ、の、その……えっと、」

 未だに真っ赤な頬に手を当て口を塞ぐ澤村の声はくぐもってしまっている。けれど手を離した所で聞こえてくる言葉は意味をなしていなさそうだ。……というか私も大した言葉を返せていない。勢いに任せて告白するだなんて。私が1番予測出来ていない事態だ。しかもバカって。……バカって……。

「あ、りがとう……な」
「へっ」
「よ、良かったら試合、観に来てくれ……」
「あ、う、うん!」
「じゃ、じゃあ……」
「う、ん」

 ありがとうって。ごめんじゃなくて、ありがとうって……。しかも、試合観に来てくれって……。無理するな、って言ってた澤村が。来てくれって……。それって。それって……。

「す、菅原ぁぁぁぁ!」

 菅原! ヘルプミー!!

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