いちごミルクの勇気

 私のクラスにはヤンキーが居ます。しかも、結構ガチめの。本当に中学生ですか? ってくらいの。もしかして人生2回目かなにかですか? って訊く勇気があったら訊きたいくらい。(その度胸はもちろんない)

「ケンチンー……あれ。もしかしてサボリ?」

 名前を口にするのも恐ろしいくらいの人物を、こんなヘンテコなあだ名で呼ぶのは今しがた現れたこの金髪美少年くん。見た目は“綺麗で可愛い”って描写が似合う金髪くんは、龍宮寺くんに比べると親しみやすい印象。だけど、なんてったってあの龍宮寺くんをそんなあだ名で呼べる人物。

「あ、ねぇ」
「ヒィッ」

 だから、関わらないに越したことないというのがこのクラスの総意。その意に倣って私も知らぬ存ぜぬを貫こうとしたのに、相手側からこうして声をかけられてしまえば私の意志なんてないに等しい。

「ケンチン知らない?」
「さ、さぁ……? さっきの授業までは居ましたけど……」
「そっか。じゃあトイレかなー」

そう言って私の机に腰掛ける金髪くん。……えっもしかしてここに居座る気でいらっしゃいます!? それはちょっと……。

「あ、あの……」
「んー? あ。そうだコレ。朝エマから貰ったんだ。食べる?」
「あ、ありがとうございます……」
「どーいたしまして」

 金髪くんが差し出してきた可愛い包み紙を受け取るとそこには“いちごミルク”と可愛らしい文字が印字されていた。……多分金髪くんも龍宮寺くんと同じ不良なんだろうけど、この子からは怖いってイメージがしないな。どっちかっていうと、このいちごミルクみたいな甘い雰囲気。

「いや、綿あめのが近いかな……」
「ん? なんのこと?」
「あ、やっ……あの、」
「ん?」
「りゅ、龍宮寺……さん、とはお友達ですか?」

 間を持たす為に尋ねた質問を、金髪くんは“あ?”なんて睨みは利かさずに「友達っていうかー……」と目線を上にあげて考える素振りを示す。

「俺の舎弟?」
「えっ、舎弟って……」

 あの舎弟? と金髪くんの言った言葉を脳内で反芻させる。龍宮寺くんを舎弟にする金髪くんって実は恐ろしい子……?
 思わず金髪くんから距離を取ろうとした時、「マイキーの舎弟になったつもりはねぇぞ」と低く唸るような声が金髪くんの後ろから発せられた。

「あっケンチーン。遅かったね? クソしてたの?」
「んなわけあるか。今日の集会について伝達しに行ってたんだよ」
「あれ。今日集会だっけ」
「はぁ? お前が今日集まろうって言ったんだろうが」
「そだっけ」
「お前なぁ!」
「あはは。ごめんごめん。コレあげるから許して」
「……たくっ」

 金髪くん改めマイキーくんが差し出した先ほどのいちごミルクを受け取り、その槍を収める龍宮寺くん。「お前はいっつもそうだ」ってブツブツ文句を言ってるけれど、それもいちごミルクを含むとなくなってしまう。

「おいマイキー。コレ、もっとあるか?」
「うん、あるよ」
「くれ」
「あぁ。俺は持ってないから。欲しいならエマに言って」
「ハァ!?」

 私の机に腰掛けたまま行われるやり取りは必然的に私の耳にも届く。こうして聞いてると、不良っぽさなんて抜け落ちているし、なんならそこらへんの男子よりもレベルが低い気がする。

「“俺が持ってる”なんて言ってないもんねー」
「テメェ表出ろや」
「いちごミルクでそこまでキレるとか。ケンチンこどもー」
「……上等じゃねぇかコラ」
「……ふふっ」

 いけない、と思った時には既に遅かった。必死に耐えていた笑い声は尚も繰り広げられる2人によって強制的に口から零れ落ちてしまった。慌てて口に手を当ててみるけれど、2人の会話が止んだのを察する辺り、私の笑い声は耳に届いているらしい。

「おいこら、笑うとはいい度胸してんじゃねぇか」
「あ、ああのそのっ」
「はは、嘘だよジョーダン」

 そう言って笑う龍宮寺くんはやっぱり普通の男子生徒で。

「おっお前もいちごミルク持ってんの? それくれ」
「あっ、ドウゾ」
「だーめ。これは俺があげたやつなんだから」
「あ? 良いよなぁ? みょうじ」
「へっ? あっ、は、はいっ」
「あっもう。ケンチンってば欲張りー」
「うるっせ」

 龍宮寺くんが差し出す手にちょこんと飴を置くと「さんきゅ」と笑ってくれる龍宮寺くん。どうしよう、龍宮寺くんが普通のクラスメイトに見える。

「つーか、マイキー。お前いつまでみょうじの机に座ってんだよ。みょうじが困ってんだろうが」
「あ、ゴメン」
「いえっ、」
「じゃあ俺そろそろ帰るね。またねケンチン。みょうじさんもバイバイ」
「あ、はい。さようなら」

 手をブンブンと振って教室を後にするマイキーくん。その姿を目で追いつつ「……たく。アイツは結局何しに来たんだ?」と溜息を吐く龍宮寺くんにまた堪えず笑みが零れる。

「みょうじもそう思うだろ?」

 なんて、優し気な顔して問うてくるから。今度は隠さずに笑みを浮かべて「でも、良い人そう」と答える。そうすれば龍宮寺くんも「……まぁ、確かにな」と同じ顔をして応えてくれるから。

 良い人そうなのは私の前に居るアナタもそうだよって言ってみようかなって、ちょっとだけ、勇気みたいなものが湧いた。

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