君は策士

「蛍くんって損得勘定でしか動かないよね!」

 なまえがそう言いながら荒々しくドアから飛び出して行ったのが5分前。損得勘定で動いて何が悪い。そうやって生きていった方が何事も上手くいくじゃないか。僕はそう思う。この考えは物心ついた頃から変わらない。これからも変えるつもりもない。なんだかんだ言ったって、性格なんて変わらないんだから。そんな事をぐちぐちと考えてしまうのはこのぐずついた天気のせいなのか。どうせなまえの事だ。お腹が空いたなんて理由で戻って来るに違いない。なまえの財布はここにある。こういう所、ホント詰めが甘い。そんななまえは見ていてハラハラする。それでいて、目が離せない。どうせ最後は僕に頼るんだ。だから、変な意地張ってないで帰って来なよ。今なら許してあげるから。



 なまえが出て行って30分が経った頃、なまえよりも先に天気の方が根負けしてポツリポツリと雨を地面へと流しだす。なまえは傘すら持っていかなかった。今頃どこに居るのか。まぁどうせ寒いと言って戻って来るんだろう。体が冷めてしまう前に帰って来なよ。風邪引かれると僕が困るんだから。移されたら堪ったもんじゃない。



 なまえが出て行って40分が経った頃、天気が本格的に崩れだす。ポツリとした雨が激しい音に変わって、本格的な降り方に変わる。おかしい。そろそろなまえが戻って来てもいい筈なのに。なまえは未だ戻って来ていない。一体、何処に居るのか。肌寒い気温なのに薄着で出て行った事を思い出して、自分の中にも焦りが出てきだす。仕方無い、探しに行ってあげようか。そんな事を思った時、ラインが通知を知らせる。慌てて起動させると、差出人は待ち望んだ相手からで、安堵の息を漏らす。

「写真?」

 しかし、そこには文字の代わりに光景を切り取った写真があり、思わず声が漏れる。こんな時に何を…。なまえの行動の意図が読めず、頭を垂れそうになった時、ハッとして顔を上げる。前に買い物から帰っていた時に通り雨に降られ、駆け込んだ公園にあった土管に2人で潜り込んだ事があった。なまえから送ってこられた写真は丁度その土管から見上げた空と同じだと思い、すぐさまなまえに“そこで待っていて”と返事をする。

 そしてスマホを机の上に乱雑に置いてドアノブに手をかけた時、思い直して手を止める。

 これじゃさっきのなまえと同じじゃないか。迎えに行った時に笑われてしまう。そう思って、1度部屋に戻りエアコンの暖房を入れ、上着を羽織って、なまえの上着を持ってお風呂の電源を入れてもう1度ドアノブに手をかけ、傘をさしてなまえの待つあの公園へと駆け出す。

 どうだ、なまえ。損得勘定で動いた僕のおかげでなまえは帰って来た時温かい部屋で直ぐにお風呂に入る事が出来るんだ。なまえみたいな人には僕が居ないと駄目デショ。だから、そこで大人しく待ってなよ。



「……居た」
「けーくん!」

 土管の中を覗くと体操座りしていた足の間から顔を上げてパァッと笑顔を浮かべるなまえに溜め息を吐く。ほら、やっぱり体冷やしてる。なまえってほんとバカ。

「帰るよ」
「うん、蛍くん……さっきはごめん」
「良いから。ホラ、出れる?」
「ん、ありがと」

 手を差し出すと大人しくその手を掴んで土管から出てくる。

「ほら、上着。着なよ。風邪引く」
「わー! 蛍くんさすが!」
「なまえが考えなさ過ぎなだけ」
「えー。だって、飛び出した時は雨なんて降って無かったし……」
「あんだけ曇ってて降らない方がオカシイでしょ」
「うぅ……」

 押し黙ってしまうなまえにもう1度溜め息を吐いて「帰るよ。なまえの為に部屋温めてあるから」そう言いながら帰ろうとした時、僕の口から「あ、」という短い単語が零れ落ちる。

「蛍くん?」
「……なんでもない」
「あれ? 傘、蛍くんがさしてるのだけ?」
「……、」
「もしかして……相合傘がしたかった――とか?」
「そんなワケないデショ。そんなバカップルみたいな事、僕がしたがるとでも?」
「じゃあやっぱり……」
「……仕方ないから、僕の傘に入れてあげる」
「えー! 蛍くんがさしてるの私の傘だよー?」
「うるさい。近くにあったのがこれだったんだよ」
「蛍くん慌てて来てくれたの? だから、私の分の傘持って来るの忘れたの?」
「うるさい。誰のせいでこんな事になってると思ってるの」
「えへへ、私のせい」

 僕の右隣でだらしない笑顔を浮かべるなまえからは全然反省の色が見えない。その顔が少し癪に障る。なんで僕がしたミスにそんな嬉しそうな顔浮かべるワケ。僕だって君の事となると普段しないようなヘマだってするんだ。

「僕が迎えに来なかったら、今頃凍えてただろうね」

 ムッとした気持ちを晴らすように嫌味を言ってもなまえには通じない。

「蛍くんは来てくれるって思ってたから、そこの心配はしてなかったよ。さっきはあんな事言っちゃったけど、蛍くんは本当は優しい人だって、私知ってるから」

 なまえって実は策士だと思う。だって僕はこんなに君に惑わされてしまっているんだから。

「……くしゅん!」
「……手。繋いだら少しはあったまるデショ」
「えへへ。蛍くんありがとう」

 僕は君には敵わない。

BACK
- ナノ -