あるとかないとか
2年生に進級して、松野くんと同じクラスになった。私の学校には意外とヤンキーが居る。その中でも群を抜いて不良なのが松野千冬くんだ。金髪にツーブロック、片方にはピアス。射殺そうかという鋭い目つき。だから誰も松野くんに声をかけようとしない。
私はよく、見る目がないと言われる。確かにそうなのかもしれないが、それでも良いなと思うものを良くないと思うことは出来ない。
「松野くん、今日場地と会う?」
机に突っ伏して人を寄せ付けないようにしている松野くんに声をかける。場地というのは私が1年の時同じクラスだった男子生徒だ。
ちなみに、場地と仲良くしていると周りから「見る目無さ過ぎ」と良く言われたのだ。場地は確かに見た目は真面目で芋臭い男子生徒だったけれど、中身はとても良いヤツだ。だから仲良くしていた。
「……“場地さん”な?」
私の言葉に反応し、むくりと起き上がるなり眉根を思い切り寄せた状態で私を見る。……いや、この場合はガンつけるといった方が良いか。松野くんは周囲の人間に場地のことを“さん”を付けて呼ぶように強制している。そのせいで真面目を演じている場地が“実はただ者ではない”と噂されることとなり、場地は困ったように笑っていた。
「1年の時から呼び捨てだし、今更ムリだよ」
「あぁ?」
松野くんの機嫌がどんどん悪くなっていく。その姿はさながら飼い主を守ろうとする忠犬のようだ。通常の生徒ならばこの段階で尻尾を巻いて逃げるのだろう。だけど、生憎私は皆と比べて少しズレているらしい。これくらいのガン飛ばし、屁でもないのだ。寧ろ微笑ましく思えてしまうくらいには慣れている。
「場地ってさ、あれで真面目気取ってるからおかしいよね」
「黙れ。お前が場地さんを笑うな」
今にも犬歯を見せて噛みつこうかという剣幕で私を睨む松野くん。…私はただ場地に会うかを訊きたかっただけなんだけどなぁ……。松野くん、どんだけ場地のこと大好きなんだろ。
「あれだけ漢字教えてあげたのに、次の時にはもう間違えてんの。おっかしいよねぇ、ほんと」
「テメェ……まじで殺すぞ?」
おもしろエピソードを思い出し、我慢できずに零した笑いを松野くんは気に喰わなかったようだ。今度はとてもおっかないワードを出されてしまった。だけど、これも私には響かない。慣れているのだ。
「え、でも女子には手出さないんでしょ?」
「……場地さんだったらそうかもな」
「嘘。東卍はみんな女子には手を出さない」
“東卍”このワードを口にすると松野くんの眉根に寄っていた皺が綺麗さっぱり消え失せた。代わりに驚愕の表情を浮かべて「お前、俺たちが東卍だって知ってんのか?」とこの日初めてまともな会話が成立する。
「うん。知ってるよ。場地がめっちゃ強いヤンキーだってことも」
「……じゃあ、知ってて場地さんと仲良いのか?」
「うん。だって場地はそこらへんの人より何倍も格好良いじゃん」
これは私が心の底から思っていること。
1年の時、1人で帰っていると道中で高校生に絡まれた。周りは関わらないように、まるで私達が見えていないかのように通り過ぎるさなか、唯一間に入って助けてくれたのが場地だった。しかも瞬殺。そのおかげで私は場地の本性を知ることになったのだけど、それがキッカケで私は場地と仲良くなった。
「なんだよ、お前見る目あるな!」
「……そう? 見る目ないって良く言われるけど」
「んなことねぇって! 場地さんの格好良さ分かってる奴だ! あるに決まってんだろ! お前名前なんて言うんだ?……あ、俺のことは千冬で良いぞ!」
松野くんの顔つきが途端に柔らかくなる。どうやら私は彼の領域に入ることを許されたらしい。あぁ、やっぱり笑うと可愛いなぁ。
……あ、そういえば。“見る目がない”って、場地からも言われたんだった。
“松野くんと仲良くなりたい”って相談したら、笑いながら「は? これ以上不良と仲良くなりてぇの? お前見る目ねぇな!」って笑ってたっけ。そんなに見る目ないのかな、私。自分ではそうは思わないんだけど。
このことを松野くんにチクったらどういう反応するのかな。……まぁ「まじ!? 場地さんヒデェ」って笑うだろうな。
「そういえば、前に場地が千冬くんのこと……」
そう口を開いた途端に「え、場地さんが何!?」と目をキラリとさせるのがその証拠。前までは場地に向ける横顔でしか見れなかった松野くんの可愛らしい笑顔を向けられていることがこそばゆい。それでいて、凄く嬉しい。
「千冬ぅ〜? まぁ、アイツなら俺の名前出しときゃ喰いつくだろ」
場地、やっぱりアンタは凄いヤツだ。松野くんの笑った顔を名前だけで引き出せる場地が羨ましいよ。こんなことを思う私は、やっぱり周りとズレているのだろうか。