いつもどおり

 信介には「神さんに頼むもんとちゃうやろ」とか現実的なこと言われそうやから、ナイショにしとう祈願参りも今年でもう3回目。ええやん、マネージャーとして私にできることは全部したいんよ。なんて、頭に浮かぶ幼馴染に言い訳しながら打つ柏手が寒空に響く。

――みんなが、怪我なくやりきれますように。今年こそ、最強の挑戦者て名前払拭できますように。

 稲荷崎は“最強の挑戦者”て呼ばれるバレー強豪校。でも、私はこの言葉があんまり好きやない。だって、いくら最強て言われても挑戦者である限りはいつまでもテッペンとれんてことやんか。やから、嫌い。

“ええやん。いつまでも初心を忘れずにちゃんとしようて身が引き締まるわ”

 あぁ、信介なら言いそうや。またしても浮かんできた幼馴染の顔を、ぶるりと寒さに震える肩を揺らして掻き消す。信介とはいっつも気が合わへんのよな。せやのにこうして高校まで一緒に過ごすことになるとは。さすがは幼馴染。

「なまえも来とったんか」
「え、信介? なんでここに……」
「ん。春高行く前に神さん拝んどこ思うて」
「信介が? 神様に?」

 お守り買うて帰ろうて社務所に向けた足をパタリと止める。さっきまで頭ん中で喰えへん言葉並べよった人物がなんでこんなとこに……。しかもお参りて。信介からは想像も出来へん行動にポカンと口を開けて信介を見つめる。
 一瞬ホンモノよな? とその存在自体を怪しんだけど、「口、開いとるで」と注意してくる信介は信介そのもので。何十年と一緒に過ごして来た信介なんやって、認めざるを得んくなる。

「解釈違いや……」
「なに言うてるん? さっきから」
「いや、信介がこういうのでお参りとか、ちょっと意外やなって」
「そうか。まぁ俺も主将やからな」

 私なんか未だに張り紙を見らんと出来へん参拝を、なんも見んと丁寧にこなす信介。合わせた手が綺麗で思わず見とれてしまう。

「お守り、買うか?」
「あ、うん。信介も買うん?」
「来たからには買うて帰ろか」

 結局信介が前を歩いて、私がその後ろをついて行くみたいな形で社務所に足を向ける。……なんか、信介来慣れてる?



「健康面のも捨てがたいし……」

 去年おととしと勝負運を願うお守りを買うてきた。そやけど今年は最後やし……なんて考えてたら中々決まらんくて、うんうんと頭を悩ませる。

「すみません。コレ下さい」
「えっ早っ。信介は何買うたん?」

 迷わず手にしたお守りを巫女さんに渡す信介に驚きつつも、種類を問うと見せられたのは「え。縁結び……?」まさかの縁結びで。

「俺は毎年コレや」
「健康とかやなくて?……てか、毎年?」
「うん」

 やけに来慣れとうなぁとは思うたけど。まさか毎年来てたんか? あの現実主義な信介が……?

「意外や……」
「そうか? 大事な試合前に出来ること全部ちゃんとしとうだけやで」
「あ、あぁ。ナルホド。信介にとってはこれも“ちゃんとする”ことの1つか」

 信介は出来ること、せなあかんこと、それをぜーんぶ真面目にちゃんとする。そういう性格やって、私が1番分かっとうハズなのに。……春高前で緊張してるんやろうな、私も。

「信介はいつだっていつも通りやな」
「それ以外他にどうおればええんや?」
「あははっ。信介はほんまに信介やな」
「? なまえの意味がよう分からん」

 頭にハテナが浮かんどう信介を笑って、私もお守りを手に取ってそれを巫女さんに渡す。

「決めたんか」
「うん。勝負運、健康運、縁結び。全部買う」
「欲張りやな」
「うん。私は昔からこういう性格やったわ。迷ったら全部」
「せやったな」

 信介が柔らかく笑う。それを見てたら寒さで固まっとった頬っぺたがじんわりと温かくなって、私もなんかいつも通りになれた気がして。
 信介がおれば私もいつも通りに戻れる。それは多分、他の部員かて同じ。ちょっと焦ったり、驕ったりしてる気分を締めてくれる存在。信介はみんなをちゃんと見とう。そういう存在、結構大事なんよ。信介。

「いっつもありがとうな」
「なに、急に」
「いやぁ。信介が部長で良かったなぁと思うて」
「そうか? そら良かったわ」

 信介と同じ高校に来れて、こうして信介の側でみんなのことを応援出来て、また今年も春高に連れて行って貰うて。ぜんぶ、ええ思い出や。……いや、まだ全部終わってへんのやけど。

「……いつか、この瞬間を懐かしいて思う時がくるんやろうな」
「せやろな」

 それでも。いつの日か今を遠い昔のことと思いだす時は、絶対に“楽しかったなぁ”って言えると思う。

「でも、そん時の私は目尻に皺が出来とって、頭も白髪混じりで。今、体重が中々減らんことを悩んどうことさえ懐かしいて思うんやろうな」
「そうかもな」
「18歳の有り余る体力とかを羨ましいとか思うんやろうか」
「どうやろうな」

 なんかそうやって考え出すと一気に歳を重ねるのが怖くなってきたな。……どうしよう、春高終わったら私確実に次の歳に歩みを進めとうってことやんな? あれ。私、春高楽しみにしとうハズなんやけど……。

「信介どないしよ。私、歳とるの怖い」
「なんでや。俺はええと思うで。1つずつ歳重ねていくの」

 またしても信介と気が合わへん。ええよな、信介は。ここでもいつも通りや。

「どうせ“ちゃんと生きとう気がする〜”とか言うんやろ?」
「まぁそれもあるけど。何より、歳重ねて目尻に皺が出来て、白髪が生えたなまえも可愛ええと思うから」

 一緒に歩きよった階段を思わず踏み外しそうになってしまった。いや待って、信介。その言葉はいつも通りとちゃうな? え。“可愛い”? いやそれよりも、信介はその歳まで私と一緒に居るつもりなん?

「え、どういう意味?」
「そんままやけど」
「はぁ?」
「いつまでそこで止まっとるつもりや? 迷惑やからはよこっち来い」
「あ、うん……」

 信介に注意されてパタパタと駆け下りる階段。その下で待つ信介は「転んだからあかんよ」なんていつも通りの口調で窘めている。

「な、なぁ。さっきの……ほんき?」
「? 本気やない言葉とかあんの?」
「……いや、ない……。信介においては」
「せやろ。帰り、ウチ来るか。ばあちゃんが芋焼く言うとった」
「ほんま!? 食べる!」
「ん。ならはよ帰ろか」

 信介の周りはいつだってやわらかい。だけど、やっぱり12月末の外気は手をジクジクと冷やすから。信介の手をそっと握ってそのやわらかさを分けて貰う。

「歩きながらは危ない……けど、今日だけやで」
「……うん!」

 そう言って握り返してくれる信介の手はマメだらけやのにやっぱり柔らかくて。ジンジンとした温かさが身を包んでくれるみたい。

「春高、優勝とろな」
「当たり前や」

 やっぱり。1番大事な所はとことん気が合うな。私たち。

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