My boyfriend is the king

 仕事休憩中に携帯が鳴る。着信の相手は日向くんだった。久しく話していない相手からの着信はどこか心をざわつかせる。そんな思いを秘めて指をスライドさせた画面の向こう側に居る日向くんの声はそのざわつきを的中させた様な声色だった。

「影山が! 病院に運ばれた!」

 その言葉を聞いた私が仕事を早退したのはいうまでも無い事だ。影山飛雄、22歳。バレーボール選手。オリンピックの強化指定選手でもある期待のプレーヤーだ。そんな彼が怪我をして病院に運ばれたと聞いて慌てない訳が無い。電話を切ってからの私はこの会社に入社して3年ほど経つが、今までで1番素早い動きだったと思う。取り急ぎの仕事を手早く終えた私は挨拶もそこそこに日向くんに教えて貰った病院へと急いだ。



「飛雄!」
「おう」
「おうって……! 怪我! 怪我したって聞いたんだ……けど……?」

 規定速度をほんの数キロだけ越して、車をかっ飛ばして来た私を病室のベッドの上で飛雄が出迎える。私の想像していた姿の斜め上を行く姿で。

「怪我っつー怪我でもねぇ」
「なんか……そんなカンジだね?」

 日向くんの焦った声に私は最悪の事態すら想像していたというのに。酸素マスクして、腕には点滴も刺さってて――なんて事は無く、飛雄は普段となんら変わらない表情でベッドの上に居た。……これは新手のドッキリか何かなんだろうか。それじゃあ仕掛け人の日向くんは何処に?

「なまえ、なんでそんなにキョロキョロしてんだ?」
「え、だって、日向くんは? こう、ほら。プラカードとか持って……」
「? 日向なら、練習場に居るぞ? 騒ぎすぎたっつって今頃怒られてんだろ」

 首をコテンと傾けて、口をへの字に結ぶ飛雄にこっちが困ってしまう。ドッキリって訳じゃないんだったら、これは本当に何の場面なんだろう。訳が分からない。

「飛雄、一体どこが悪いの?」
「悪いっつーか、練習中に汗で滑って転んだだけだ」
「へっ?」
「そんで、そん時にあのバカが“頭打った”って騒ぐせいでこんな事になってんだよ。……たっく、あのボゲが。大事にし過ぎなんだよ」
「……本当に、打ってないの?」
「打ってねぇ。つーか、尻餅付いたレベルだ。俺が“打ってねぇ”って言ってんのに、アイツが信じずに救急車まで呼ぶっつてうるせぇから、検査しに来るハメになってんだよ。念の為検査入院って形になってるけど、直ぐに退院出来る」

 日向くんの事を思い出しているのか、口をちょこんと出して拗ねた表情になっている飛雄に今まで張っていた肩がしなしなと萎んでいくのが分かった。そのまま飛雄が居るベッドに突っ伏した私を飛雄の慌てた声が頭上で呼んでいる。なんだ。怪我、してないのか。なんだよう、まったくもう。

「良かったぁ……。……あ。日向くんの事、責めちゃダメだからね!? 飛雄の事高校時代から知ってるから慌てたんでしょうよ」
「……んでだよ」
「あんた高校の時から平気で嘘吐いてたじゃん! 鼻から血出してんのに、出してませんとか! そういう嘘吐いてきた事の積み重ねなんだから!」
「……、」

 顔を上げて飛雄を窘める私に、飛雄はまた口を尖らせる。バレーが出来ない事がそんなに不満か、私の彼氏よ。

 飛雄は昔からそうだ。高校で偶然のような、奇跡のような出会いをして。不器用で、真っ直ぐにバレーと、バレー部の皆と向き会う飛雄を好きになって。そんな飛雄をもっと近くで応援したいとバレー部のマネージャーとして入部した私を、飛雄も好きになってくれて。そこからここに来るまでに色んな事があった。喧嘩する事もあったし、思い出すと照れちゃうような事もあった。だけど、ずっと隣に居る私ですら時々嫉妬してしまうレベルで、飛雄はバレーの事が大好きだ。今ではそのおかげで日向くんと共にバレー界を轟かす逸材となっているのだけれど。時々は自分の体を省みてもいいと思う。

「たまにはさ、ゆっくり休む事だって必要なんだよ。ね? 今日はゆっくり寝る事! 良い?」

 そんな思いで、飛雄を労わる私に飛雄は尚も納得いかない様子で。そんなにか、そんなにバレーが好きか。そんな風に呆れすら感じてしまっていると、「……にちようび、」飛雄が細々とした声を上げる。

「えっ? なに?」
「日曜日、」
「うん?」
「日曜日、なまえと約束してんだろ。映画に行くって」
「うん。私、楽しみにしてるよ?」
「……俺も、」
「え」
「俺も、楽しみにしてる……から……、今週の練習、いつも以上にやっとかねぇと……って思って……」
「……は、」

 なにそれ。飛雄が私とのデートを楽しみにしてる? 飛雄が? しかもその言い方だとさ――

「日曜日、思う存分楽しめるように、今練習をしっかりやっておきたかったって事?」

 そういう事で合ってる? 飛雄。語尾を上げてみせる私にコクリと首を縦に振る飛雄。やだ、何ソレ。めっちゃ可愛いんですけど。私の彼氏。可愛すぎる。コイツは時々こういう事をぶっこんでくるんだから。思わず口角が上がってしまう。口に手を当てて、緩んだその口角が飛雄に見えないように隠すけど、目の前の相手は自分の赤くなった頬を隠す為に、視線を横へと向けている。いやいや飛雄。無駄だって。耳、隠せてないよ? もう無理。飛雄が可愛い。

「飛雄。こっち向いて?」

 私の誘導におずおずと首をこちらに向けてみせる飛雄。

「あのさ、映画行くの、お昼からにしよう? 午前中、練習しな?」
「……でも、」
「私だって飛雄との時間が減るのは嫌だよ」
「じゃあ、」
「だから私、その日飛雄の家に泊まって良い?」
「っ!」
「ダメ?」

 ブンブンと首を左右に振ってみせる飛雄に「決まり」と微笑んでみせる。

「じゃあとりあえず今日は一旦帰るけど、何か要るモノあったら連絡して。また来るから」
「……仕事は?」
「日向くんのあの声聞いて早退しない訳ないでしょ」
「そうか……。悪い」
「そう思うのなら、日曜日、きっちりお礼してよね?」
「……ウス」
「うん、じゃあね。飛雄」
「なまえ」

 椅子から腰を上げた私を飛雄が呼ぶ。その声に何か要るモノでもあったのかと、飛雄の顔を見つめると、その先で真っ直ぐな瞳が私を待ち構えている。

「ん? なに?」
「キスがしてぇ」
「はっ!? え、な、……こ、このタイミングで!?」
「何か要るモノって言っただろ、なまえが」
「そう、だけどっ!」
「それ。欲しいモン」
「なっ……、」

 飛雄はどこまでも真っ直ぐだ。そして意外と素直。それは自分の欲求にも。自分が欲しいと思ったら手に入れる。いつか日向くんが言っていた。「影山はコート上の王様だ」と。しかしそれはどうだろう。今、コート外に居る飛雄だって立派な王様に見える。そんな飛雄が所望するのならば、従うしかないのだろう。私は観念したかのように静かに自分の瞼を下ろし、王様の要求に応えるのだ。

日向から知らせを受けた及川さん(他チーム所属)がもの凄いタイミングで入って来て、
後から入って来た岩泉に殴られてる。

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