有色無形にあなたが笑う

「千冬ぅ ペヤング食いてぇな」「半分コ な?」

 最期に立ち会った時、場地さんはいつものようにこう言った。それはまるで下校途中のコンビニ前や、集会終わりの帰宅路、喧嘩が終わって座り込んだ夜道の上、そういう場面で言われた言葉のようだった。まるで今が最期だとは思ってもいないような。そんな口調なのに、その時の俺はどうしてだか涙が止まらなくて、唇を内側からギュッと噛んでも止まらない涙と嗚咽が視界を滲ませて、それが俺の目の前で起こっている出来事が事実なのだと、ひしひしと訴えて来た。

「なまえを……、頼む」
 
 もう虫の息だというのに、場地さんは大きく息を吸ってそして小さくそう呟いた。それから最後に「ありがとな 千冬……」そう言って死んだ。



 あれから2週間が経った。俺も1度場地さんの墓に1人で足を運んだ。そして、場地さんを想って泣くのはあれが最後だと腹を括って俺なりに前を向こうとしている。喧嘩は弱ぇけど、付いて行こうと思える人が場地さん以外にも出来た。今度墓参りする時はタケミっちとのことも話そうと思う。場地さん、アイツまじで喧嘩弱ぇっす。アイツを隊長にして良かったのか……。今度相談に乗って下さい。

「千冬くんは圭ちゃんに挨拶しなくていいの?」

 墓参りを終えたなまえさんが戻ってくるなり俺に声をかけてくる。その言葉に「……俺は良いっス」そう端的な言葉を返し、ヘルメットを渡すと大人しく被り「そっか……。いつもごめんね」と悲しそうに笑うなまえさん。

 なまえさんは場地さんに花を手向けに毎日ここに来ている。それを知ったのは何日も学校終わりに家とは違う方向に歩いて行く姿を見つけたからだ。

 場地さんが最後の声を振り絞って俺に託した女だ。気にしないハズがなかった。

 そうして後を追った先がここで、そこで初めてなまえさんが毎日ここに足を運び、花を絶やさないようにしていることを知った。俺が初めて行った時も花が沢山添えられていたことを思い出し、それらのほとんどがなまえさんによるものだと理解した。

「なまえを頼む」

 そう言われてもどうすれば良いか分からなかった俺は、とにかく遠巻きになまえさんが場地さんに手を合わせて語り掛けるのを見守るしかなかった。……というか、声をかけられずにいたというのが正しい。

 瞳を閉じ、何かを語り掛けているなまえさんの表情が毎日泣きそうな顔だったから。俺なんかが何を言えるのか、全然分からなかった。
 場地さんの墓参りに行くなまえさんを遠巻きに見守る日々が何日が続いたある日、俺も帰ろうとバイクのエンジンをかけた時、なまえさんが辺りを見渡しているのが見えた。その様子があまりにも必死で、心配になった俺は意を決してその日初めてなまえさんに声をかけた。

「圭ちゃんのバイクの音がしたから……」

 現れた俺にビックリしながらもなまえさんが辺りを見渡していた理由を教えてくれた。そしてその原因が俺だということが分かると「……そっか、千冬くんが受け継いだんだね……圭ちゃんのバイク」と悲しんでいるのか、喜んでいるのか良く分からない表情で微笑んだ。



 あれからもなまえさんは花を供え続けている。そして俺は結局どうすれば場地さんの望みを叶えられるのか分からないままだ。変わったことと言えばなまえさんが墓参りに行く時、俺の後ろに乗るようになったことくらい。

 今まで何人と後ろに人を乗せてきたけれど、その中でも人一倍小さいなまえさんを乗せている時は1番緊張する。女だからってのもあるけど、もしなまえさんに何かあったらと思うと、怖くて、柄にもなく規定速度を守って運転している。……場地さんが見たら笑うのだろうか。それともゴキを思いっきり走らせてやらないことを怒るのだろうか。

「なまえさん……?」

 信号待ちの間、空を眺めて場地さんの笑った顔や怒った顔を思い浮かべているとなまえさんの手に力が籠められた。不思議に思った俺が後ろを振り向くとなまえさんの肩が震えているのが分かって、慌てて近くの公園のベンチになまえさんを座らせ、落ち着くのを待った。

 数分なまえさんの隣でソワソワし続けたが、なまえさんの涙は落ち着く様子がなかった。フッと頭に場地さんの般若のような顔が浮かび、どうにかなまえさんの背中を擦ってはみたが、それで落ち着くとは思えなかった。

「ごめん、急に……も、う大丈夫」
「……本当に大丈夫っスか? 飲み物とか、」
「ううん。本当に平気。ありがとう」

 ギュッと唇を噛んで、どうにか笑みを浮かべるなまえさんは決して平気とは程遠い顔つきだったけれど、何をどう言えばいいのかなんて分からなくて、ただただ己の情けなさを心中で責めた。

「昨日ね、圭ちゃんのお母さんが来て、“もう毎日墓参りなんてしなくていい”って、言われたんだ」

 まだ涙声ではあったけれど、なまえさんが独白のように告げる出来事。何を言えば良いのか分からないのならば、なまえさんの声に耳を傾けることが俺に出来る唯一のことだと、静かに耳を傾けることにした。

「私もまだ中学生で、献花代だって馬鹿にならないだろうって。それに、毎日来てたらなまえちゃんも圭介のこと忘れられないだろうからって。……いつまでも圭介に囚われないで、なまえちゃんにはちゃんと生きて欲しいって……。圭介のことはたまにで良いからって。……今までありがとう、ごめんね……っておばさん、泣きながら言うの。だから私も、分かりましたって答えたんだ……」

――全然違うんだって、言えなかった

 この言葉を言い終わる頃にはなまえさんは再び号泣の域に入っていた。だけど、俺はなまえさんの言えずにいた想いを聞かなければいけないと思った。

「物心ついた時から一緒に居て、引っ越しで私は別の中学に行くことになって、離れ離れだと思ってたら圭ちゃんもこっちに引っ越してきて……。どんだけ私のこと好きなの? とか冗談言い合って。……喧嘩もたくさんしたけど、それよりも守ってもらったことの方が多かった。だからいつかはして貰った分、お返ししようって思ってた。……なのに、圭ちゃんは私からのお返しも受け取らないで逝っちゃった。だから、せめて、圭ちゃんの眠る場所は沢山の花で満たしてあげたいって……それが私のしたいことだった。でも……、それが却って誰かを苦しめることになるのかもって思うと……もう圭ちゃんの所には行けない。……でもそれが辛くて……」

――結局、私の我儘なんだよね

 さっきベンチに座ったばっかりの時に見せた時よりも何倍も下手くそな笑顔を浮かべるなまえさん。……そうだ、この人だってまだ15なんだ。中学生が抱えられるような大きさじゃないんだ。だって、場地さんを失ったんだ。笑えって言う方が無理だろ。

 こんなになまえさんに刻み込まれてる場地さんはやっぱすげぇ。……でも。

「千冬くん……?」
「すみません、生意気なこと……。でも場地さんならこうするかなと思って……」

 “なまえ〜、何泣いてンだ? 良いから笑っとけ”

 場地さんなら、こう言ってなまえさんを抱き締めるのだろう。だけど、俺にはそんなこと言えない。場地さんを失った悲しみが痛いほど分かるから。だから。

「場地さんのことは俺らが忘れなきゃいいんです。墓参りだって、周忌には絶対足を運びましょう。それ以外で会いたくなった時は声かけて下さい。俺がいつでも連れていきます。花はなくても場地さんは怒りませんよ。……多分。これからは場地さんの代わりに俺が側にいます。だから、泣きたくなった時は目一杯泣いて、悲しんでください。俺が受け止めますから」

 場地さん……、俺は場地さんみたいに端的に格好良くなんて、決めれません。それに、どうすることが場地さんの望みを叶えることになるのか、まだ良く分かってないです。だからこれから、なまえさんの側で悩もうと思います。

 こんな頼りない姿、場地さんはやっぱり怒るだろうか。……怒るよな、こんな不甲斐ない姿。

――ありがとな 千冬……

 だけどどうしてだろう。頭の中に最後に見た場地さんの笑顔が頭に浮かぶのは。

2019.5.17 一部訂正

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