アンバランス

 彼氏が出来たら色んな場所に出かけて、色んな写真を撮ってはそれを見返してきゅんきゅんして。好き、会いたいを募らせながら電話とかするんだと、思っていた。

「付き合えよ」
「は、はい……」

 その夢は悲しくも叶えることが出来ていない。彼氏は出来たのに。その相手が相手だから。まず告白というよりかは命令に近かった私にとっての初めての告白イベント。もうちょっとお互いを良いなと思って意識する日々を過ごしてから“好き”を告げられるのを夢見ていたハズなのに。

「行くぞ」
「あ、うん……」

 現実世界で出来た彼氏は私の理想を叶える相手とは程遠い。だって相手は「ッ痛ぇな……。ぶっ殺すぞ?」軽く肩がぶつかった相手にここまで強い言葉を言えてしまう不良なのだから。

「おい、置いてくぞ」
「ご、ごめんっ」

 歩幅を合わせることもしてくれない。だからこうやって一緒に帰る時は私は必死で後をついて行くのだ。こんなに疲れる下校は場地くんと歩く時くらい。場地くんと帰る時は最後の方なんて息があがるのだから、とてもハード。正直、一緒に帰るのも億劫なんだけれど、場地くんは放課後大抵私のクラス前に居る。だから逃れられない。

「お前、ほんと歩くの遅ぇな」
「わっ、ば、場地くん!?」

 今日も今日とて必死に場地くんの後を追う帰宅路。そして場地くんは場地くんで歩くのが遅い私に苛立ったのか、小さく溜息を吐いて私の腕を掴み、そのまま右手を握り絡まされる。

「〜っ!」
「照れてんのか? いい加減慣れろよ」
「だ、だって……!」

 場地くんはどうしてこんなに恥ずかしいことを堂々と出来てしまうんだろう。場地くんは色々とぶっ飛んでいて、色んな場面でついて行けない。それでもついて行かなかった時のこと考えると恐怖が湧き上がるからこうして必死について行っている。

……でも、場地くんくらい格好良い人ならもっと、他に良い人居ると思うんだけどな。

 それこそ、私みたいな芋臭い中学生じゃなくてもっと大人びたお化粧バッチリな人。どうして場地くんは私なんかを彼女として据え置いているんだろう。本当に不思議。それに場地くんから私に“好き”という感情を抱いている様子だって感じ取れない。私のこと、本当に好きなのかな?…もしかして“彼女持ち”っていう肩書きの為だけで私を彼女にしてるとか?私だったら簡単に落とせそうだと思ったとか……。

 あぁ、どうしよう。全然、楽しくない。



「私そろそろ……」
「は? 何言ってんの? 来たばっかだろ」
「うん、でも今日はもう……」

 場地くんの家にあがり、ダラダラとした時間を過ごす。これが大体決まった私達のデートコース。……本当なら彼氏とプリクラ撮ったり、クレープ食べたりしたい。だけど、場地くんはそういう場所が嫌いなようで、一切見向きもしない。いつも自宅へ直行。
 そして「ヤることヤってねぇ」と私を押し倒してくる。こういうハジメテももっとちゃんと大事に積み重ねていきたかったのに。キスもセックスも同時に初めてを失った。しかもどれも思い出すのが辛いくらいにはキツいものだった。だから正直言ってあまりこの類の行為は好きじゃない。まるで場地くんの性欲の捌け口に使われているような気がしてしまうから。

「今日は……い、嫌だ」
「あ?」
「シたくない……」
「は? ここまで来て?」

 ここまで来たから、それがセックスの承諾になるの? それなら私は場地くんと一緒に帰りたくない。でも、出来ないからこうやって場地くんと帰ってるだけ。だって、場地くんが怖いから。怖いから従ってるだけ。

「も……やだ……っ」
「は? え、ちょっ、なまえ?」
「怖いの……場地くんがっ」
「は? こわい……?」

 ふつふつと溜まっていた恐怖心や不満は1度堰を切ってしまうと涙と共に溢れ出す。本当は、もっとちゃんと好きを重ねていきたかった。それで、好きだと思える相手と手を繋いだり、キスしたり、体を重ねたりしたかった。全部、全部場地くんのせいで叶わなかった。

「場地くんは……! 肩書きがほしくて私と付き合ってるの??」
「なんでそう思うんだよ?」
「だって、全然私のこと好きじゃないでしょ?」
「はぁ?」

 押し倒された体を起こし、そのまま体操座りの姿勢で顔を膝に埋める。こうやって本音を零している時ですら場地くんに恐怖を抱いてしまう。自分の彼氏のハズなのに。どうしてこんなにも恐れなければならないのか。

「場地くんから、私のことが好きって気持ち、全然見えない……」
「それなのに一緒に居たのか?」
「だって……場地くんがこ、怖いから……場地くんにとって私は都合の良い捌け口なのかなって……ずっと思ってた」

 もしかしたらこれで場地くんとの関係は終わるかもしれない。そう思うとハードで辛いと思ってた帰宅路の少し先に居る場地くんの後ろ姿が思い出され、少しだけ寂しい思いがした。……私は確かにあの後ろ姿だけは好きだったから。それが見れなくなるのは少しだけ悲しい。……場地くんのこと怖いクセに。アンバランスな感情が私の中で競い合う。

「なまえは、俺のことが嫌いか?」
「……っ、嫌いって訳じゃないけど……」

 もっと怒声を浴びせられることをイメージしてたから、場地くんの低い声に少し拍子抜けしてしまう。どうして、そんな寂しそうな声をするの……? その声に反応して顔をあげると場地くんの瞳とかち合った。

「俺は、好きでもねぇ女を側に置いておくほど暇じゃねぇ」
「えっ?」
「俺は確かに言葉足らずな所があるかもしれねぇ。だから、俺なりに体で伝えてたつもりだった」
「えっ、えっ……」
「お前は俺のだって、一端の独占欲だって与えてたつもりだった」
「っ、」

 つつ、と場地くんの指が私の鎖骨をなぞる。そこには確かに場地くんに与えられた噛み後がある。……痛くて嫌だと思っていた行為にそんな想いが込められてたなんて。全然知らなかった。ただ自分の欲望を吐き出しているだけなのかと思ってた。

「全部、なまえを怖がらせてるとは思わなかった。悪い」
「っ、場地くん……」
「嫌ならやめるか?」
「や、やめない……」
「じゃあなまえはどうしたい?」

 恐る恐る吐き出した本音。場地くんはそれを受け止め、それを最後まで吐き出させようとしている。あくまでも受け入れようとしてくれるその姿勢は全然予想出来なかった。……場地くんのことを一方的に恐れて、近寄ろうとしなかったのは私の怠慢だったのかもしれない。

「場地くんは……、私のこと好き……?」
「今の話聞いてたか?」
「それでも……ちゃんと言葉にして欲しい、です」
「……まじか」

 場地くんの表情が困ったような顔つきに変わる。ここまで困惑した表情を浮かべているのは初めて見た。意外と照れ屋なのだろうか?セックスする時はガンガン攻めてくるクセに。場地くんだってアンバランスだ。

「好き、だ」
「わ……」
「……んだよ」
「全然、理想と違うなって……」
「はぁ!?」
「なのに……すっごく嬉しい」
「……そうかよ」

 頭をガシガシ掻いてる場地くんの頬には朱が走っている。あれ、どうしよう。場地くんが可愛い。

「私も場地くんのこと、怖いって気持ちが強いけど、ちゃんと好き、です」
「おう」
「だからちゃんとカップルっぽいことしたいです」
「……してるだろ?」
「ちがっ、そういうのじゃなくて! もっと寄り道したり、プリクラ撮ったり、ファミレスでおしゃべりしたり……そういうのがしたいっ」
「おしゃべりって……。お前意外と幼稚ぃな」
「でも、それが夢だから……」

 理想と口にすると場地くんが笑う。幼稚だって言うけど、場地くんが大人びてるだけじゃ? 反抗した気持ちで場地くんを見やると場地くんが口角をあげて「それが彼女の望みなら、答えるのが彼氏の役目ってことか?」と問う。

「……場地くんと、やりたいことだから。“場地くんの”役目だと思う」
「はっ、言うな。お前」

 場地くんの手が私の頭に伸びて、そのまま首へと移る。こんなに甘い雰囲気になるとは予想出来なかった。こういう雰囲気でするキス、初めてでドキドキする……。

「コレ、消えだしたな」
「あっあの……、コレも、場地くんがしたいなら、良いけど……見えない所に……お願いします……」

 鎖骨にある噛み後をなぞられ、それについても本音を伝える。コレ、隠すの結構大変なんだよ? 見えそうで見えない所だけど、着替える時とか気が気がじゃない。

「ペケJにやられたって言えば良んじゃね?」
「ペケJって……それ、千冬くんとばっちりもいいとこじゃ……?」
「……確かに、それだとなまえと千冬が付き合ってるみてーで気に喰わねぇな。……つーか、なんで千冬のことは千冬なんだよ?」
「え?」
「お前の彼氏は誰だ?」
「場地くん、です」
「なんで俺のことは“場地くん”なんだ?」
「え、場地くんにもそういうの、あるの?」
「は? 何言ってんのお前」

 いつも先に居ると思っていた場地くんがこういう年相応の願望を抱えていたことが新鮮に思える。あれ、場地くんって思ってたより私の近くに居る?

「じゃあ圭介くん?」
「……おう」

……どうしよう。私の彼氏が可愛い。

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