動機は不純でいいの

――女磨き、花嫁修業

 そういった類のワードに関連して浮かぶのは料理や掃除、そしてもう1つ。

「授業内に終わらせられなかった人は放課後残って仕上げるようにー」

 授業は嫌いだ。50分間も1つの教科に打ち込むことなんて出来ない。それが倍の2限ぶっ通しとなれば尚のこと。しかも自分が苦手な家庭科の授業ともなればもう地獄の100分間といえる。

「なまえ、出来た?」
「出来る訳ないじゃん! 私だよ!? “不器用といえばなまえ”って言われる私だよ!?」
「あーハイハイ。じゃあ私今日先帰るね」
「はっ!? 嘘でしょ? 普通一緒に残ってくれるでしょ!?」
「無理無理」

 進捗確認をしてきた友人は泣きつく私をいとも簡単に見捨て、言葉通り本当に先に帰ってしまった。そして今、こうして1人虚しく来たくもない家庭科室に足を運ぶ羽目になっている。

「無理……絶対無理……終わんない」

 ガガガと踏み込む足に合わせて機械が振動する。この機械を動かしているのは紛れもなく私のハズなのに、ミシンは私の意志とは全く違う動くをしてみせる。

「あー、もう! また違うとこ縫った……。言う事きいてよぉ……」

 またしても斜めに走った黒い線を解く為に布地をミシンから取り外そうとするが、私の願い空しくもミシンはそれすらも許してくれない。とんだじゃじゃ馬加減に泣きそうになる。……というか、授業内にエプロン作り終えれなかったの私だけ?
 辺りを見渡してみても、補習組に空けられたスペースは私しか使用しておらず、あとは全員手芸部だ。私だったら絶対に考えられないが、放課後の自分の時間として与えられたこの時間でさえもミシンと触れ合いたい、布と針と触れ合いたいと思うこの人たちは私にとってみれば異次元の人たちだ。信じらんない、マジで尊敬する。でも分かり合えない。

「これまじでどうなってんのぉ……?」

 周りを見渡し、余計に孤独を感じてしまった私は未だに取れない布地にぐずりそうになる。これ、先生に泣きついたら許して貰えないだろうか。“成績はもう2、いや1で良いので許して下さい”って。今から直談判しにいく? そっちの方が早い気がする。サラバ私の成績。

「ちょい待ち。無理矢理引っ張んな」
「へっ?」
「あー、これ布地噛んでんな」
「え、と、あの、」
「よし、取れた。つーか、下糸ゆるゆるじゃん」
「は、……えあ……え?」

 意を決して立ち上がろうとした瞬間、ぬっと伸びて来た腕に驚き、慌てて腕の先を確認するといかにもな柄の悪い男子が居た。そして私はその姿を確認してから単語しか発することが出来なくなってしまった。“不良です”という身なりなのに、目の前の男子生徒はするすると布地を取り外し、そのまま下糸を巻き直しにかかっている。その手捌きが見事としか言いようがなく、突然横取りされたミシンと布地を眺めてただぼーっと男子生徒の手際に見とれていた。

「よし、セット完了」
「あ、ありがとう……ございました」
「つーかお前、めっちゃ下手くそだな」
「うっ……」
「こことかめっちゃ糸絡まってるし」
「ぐっ……」

 数分のうちに明け渡されたミシンと布地を受け取り、お礼を告げる私に男子生徒は遠慮なくド直球な感想を告げてくる。しかもそのどれもが真実で、的確に私の心臓を抉る言葉で、なにも言い返せない。というか、こんなに怖い身なりの人になんて言い返せない……! てかこの人誰っ!? ピアスといい髪の色といい、挙句の果てには眉毛……! 超怖いんですが……。

 “お礼として10万な”とか言われてもおかしくない。やばい、どうしよう、10万なんて大金持ってない……!

「あの、私、今日、というかこれからも大金を所持する予定がなく……!」
「あ? 何言ってんの? 良いからそこ座れよ」
「ヒィッ」
「良いか? 布地はあんま強く押さえなくて良いからな」
「は、はい……」
「そう、いいぞ。その調子」
「はい!」

 “良いからそこ座れ”という命令に従い素直に再びミシンの前に構え、ミシンと対峙すると男子生徒はそのまま私の横に付いて指導をしだす。訳の分からない展開に動揺しつつも、男子生徒が怖くてとりあえず言われるがまま従っていると、あろうことかこの私がエプロンなるものを仕上げることが出来た。しかも時間にして1時間程度。信じられない。

「出来た……! やった、私にも作れた!」
「おー、まぁ出来は完璧とは程遠いけどな」
「ありがとうございます!! あなた私の恩人です!」
「はっ、恩人だなんて初めて言われたわ」
「あの、それで……お、お金なんですが……」
「お金? お前さっきからずっとソレ言ってけど、どういうイミ?」

 ぎゅっと眉根を寄せ、私の言葉に疑問を呈する様子はやっぱり怖い。不良以外の何者でもない。しかも、「なぁ、訊いてんだけど?」と凄まれるともう逃げ出せない。

「いやそのっ、“ミシン教えた授業料寄越せや”とかそういうこと……言われるんじゃないかって……思い、まして…」
「……ははは! 成程、そういうことね! その発想はなかったわー!」
「へっ」
「えーっと、お前、名前、」
「2年1組みょうじなまえですっ」

 唐突に名前を尋ねられ、反射的にクラスまで暴露してしまったことを悔やむよりも前に、男子生徒は「みょうじさんね。俺、3年の三ツ谷隆」とお返しの自己紹介をくれた。三ツ谷隆……三ツ谷って……えっ、待った。それってあの東卍の!? やばい、本物の不良じゃん!……終わった。こんなことなら家庭科の成績0でも良いからエプロン作成からバックレるんだった……。サラバ私の中学生活。

「みょうじさん、落ち着けって。俺らは女には手出さねぇから」
「え……?」
「それに、俺。手芸部の部長やってんの、コレでも」
「えぇ!」
「だから人に教えんのなんて、日常茶飯事だからさ。今更これで金巻き上げようなんて思わねーから」
「そ、で、でも、」

 それでも、私は手芸部の一員じゃないし……そう言い返したかったけど、恐怖と驚きと戸惑いでうまく口が回らなかった。それでも三ツ谷先輩は言いたいことを理解してくれたようで、いかつい見た目にそぐわぬ笑みを浮かべ、「俺が勝手に口出したことだから。みょうじさんは気にすんな」と言葉を返してくる。……東卍の三ツ谷がこの学校に居るとは聞いてはいたけれど、まさか家庭科室で出くわすとは思ってもなくて。しかも、その三ツ谷先輩はまさかの手芸部の部長やってて。その三ツ谷先輩から直々にミシンの使い方を教えて貰うことになるなんて思ってもなくて。

「俺そろそろ他の部員のこと見なくちゃだから、これで。……あ、そうそう。みょうじさんはもうちょい練習したら大丈夫。そんなに不器用じゃねぇよ」
「えあ、ありがとうございますっ……した!」

 部員のもとに戻っていく三ツ谷先輩に慌てて声をかけると、三ツ谷先輩はまた優しい笑みを浮かべて「頑張れよ」と手を振ってくれた。

 まさか、縁遠いと思っていた不良を、三ツ谷先輩のことを好きになっちゃうなんて……。思ってもなかった。

――女磨き、花嫁修業

 花嫁修業、はちょっと先走りな気がするからアレだけど。とにかく、女磨き。その為にまずは家庭的な女の子になろう。大丈夫、私はそんなに不器用じゃないって、三ツ谷先輩に言って貰えたんだから。

BACK
- ナノ -