トリガーハッピーにっこり笑った

 ボーダーに入りたいと願い、ようやく入隊出来たのは高校2年になってからだった。

 入隊を反対していた親から出された条件は、進学校に入学すること、そして成績を1年間10位以内に収めること。この2つだった。後者を達成したことでようやく入隊出来たは良いが、その時点で既に周りと大きな差がついてしまっていた。

 もしかしたらそれも親の狙いだったのかもしれないけれど、それでも入隊を諦めるという選択肢は浮かばなかった。意気揚々とボーダーに通う私を今では呆れ半分という表情で見送ってくれている。

 1年生の時は勉強に必死で何も見えていなかったけれど、2年生になった今では毎日が楽しくてしょうがない。今日はB級ランク戦がある日だ。しかも解説は東さん。絶対聞かないと。あぁ、早く放課後にならないかな。そんな思いで過ごす毎日は1日1日が短く感じる。

 朝のチャイムが鳴ると同時に教室に姿を現したのはクラスメイトの辻くん。そういえば辻くんって二宮隊だったハズ。今日のランク戦に出るチームだ。このクラスでボーダーなの辻くんだけだし、仲良くなりたい。

 そんな思いで私は辻くんに近づき、「辻くん、おはよう」と声をかけた。仲良くなる為の第一歩だと思って。

「……ハヨゥゴ……マス」
「え?」

 しかし、辻くんから返ってきた言葉はチャイムにかき消されて良く聞こえなくて、なんて言ったのかを訊き返そうとするも「はーい席つけー」と気怠い声をあげながら入ってきた担任によって阻止されてしまい、席へと戻らないといけなかった。

 “今日頑張ってね”って言いたかったのに。残念。



 結局辻くんに声をかける機会を逃したまま迎えた放課後。ランク戦を観終わってラウンジで休憩をしているとまたしても辻くんがふらりと姿を現した。

「あ、辻くん! お疲れ様! ランク戦見てたよー!」
「っ、」
「私も弧月使ってるんだけどさ、やっぱり剣捌きさすがだね!」
「えあ……、あっ」
「ねぇ、今度模擬戦やってくれない?」
「う、あ……、あ……」
「辻くん?」

 さっきから母音しか出さない辻くんを不思議に思い、辻くんを見上げると真っ赤な顔をして顔を逸らしている。えっ、もしかして体調悪い? どうしよう、もしそうなら医務室に運んだ方が……でも辻くんを私1人で運べるだろうか。

「辻くん大丈夫? 歩ける?」

 心配に思い、辻くんの腕をそっと掴むとその腕が思いっきり硬直するのが分かった。その反応にぎょっとしたのも束の間、「ダイジョウブだからっ!」と少し上擦った声を張り上げながら私の手を振り払う辻くん。

「え、……ご、ごめん」
「あっ、イヤ……そ、そのっ」
「えっ、つ、辻くんっ!?」

 ガバっと頭を下げたかと思えば、そのまま目をぎゅっと瞑って駆け出した辻くん。ラウンジに取り残された私は口をあんぐりと開けるしかない。……もしかして私、辻くんに嫌われてる……?



 衝撃的だった昨日を終え、またしても訪れた学校での朝。よっぽど体調が悪かったのかもしれないと思い、あまり気にしないようにしていたけれど、辻くんは教室に入って私と目が合うなりバッと視線を逸らす。……うわぁ、どうしよう。本気で嫌われてるっぽい。

 自分が辻くんになにかをした覚えはないけれど、知らないうちに機嫌を損ねてしまっていたらしい。ことあるごとにこうも分かり易く避けられてしまえば、私の中でも辻くんという存在は“ボーダーもクラスも唯一同じ男子”という親しみ易い存在から“気まずい相手”という位地付けに変わっていた。

 気まずい相手とはなるべく顔を合わせたくないと思ってしまうのは仕方のないことで、お互いにぎこちなくすれ違う日々を数日過ごした。

 それでも、同じクラスに属していると避けたくても避けれないイベントなんて掃いて捨てるほどに湧き上がるもので。

「……辻くん、あの……、ノート回収しても良いかな」
「っ、あっ、はい……」

 日直だった私は頼まれたノート提出を行う為、クラスメイトのノートを回収してまわっていた。そして、それには辻くんも含まれる。辻くんだけ自分で提出してくれなんて意地悪なこと言えないし、仕方なく声をかけると辻くんは数日前と変わらない様子で対応する。……そこまでキョドらなくても良いのに。

「ごめんね、ありがとう」

 色んな意味を込めて少し尖った声で謝罪とお礼を返し、踵を返すとくんっと体が止まる。制服の裾が引っ張られている感覚がして、後ろを振り返るとあの日と同じように目をぎゅっと瞑って顔を赤らめている辻くんが居た。

「辻くん?」
「お、俺っ、」
「う、うん」

 その姿は正に“必死”という言葉が似合う様子。その必死な辻くんに気圧されるように頷くと辻くんはさらに頑張って言葉を紡ぎだす。

「じょ、女性と、は、話すのがっ、に、ニガテ……でっ、だっから、みょうじさんに声かけて貰った時、ぅ、うまく喋れなく……って、ゴ、ごめん……」
「そうだったんだ……」
「う、うん……。情けなくて申し訳ない」
「ううん、嫌われてる訳じゃなくて安心した」
「き、キライとかじゃっ」

 嫌いじゃない……消え入りそうな声で発した辻くんの声は今回はちゃんと私の耳に届いた。「……ちゃんと、仲良くなりたいって、思っ、てる……」そう続いた声も、ちゃんと。

「でも、辻くん、氷見さんとは普通に話してなかった?」
「ひゃみさんとは……付き合い長い、から」
「へー、じゃあ慣れれば平気ってこと?」
「た、多少は……」
「じゃあこれからは沢山話しかけてもいい? 私も辻くんと仲良くなりたいから!」
「はっハイッ」

 目を見開いて固まってしまった辻くんの顔が再びカァーっと染め上がる。辻くんと仲良くなりたいけれど、辻くんが私に慣れてしまったら、こんな可愛い表情をもうしてくれなくなるのかな。

「やっぱり仲良くするのやめようかな……」
「えっそ、そんなっ」
「うふふ、嘘だよごめんね」
「……みょうじさんっ」
「あはは、ごめん!」

 いいや、大丈夫そうだ。辻くんはこれからもずっと可愛い表情見せてくれそうな気がする。ボーダーに入って、本当に良かった。

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