ふたりで食べたまぼろし

匂わせ表現あります


「京治……」

 ベッドで一緒に横たわるなまえさんがうわ言のように俺の名前を呼ぶ。その声に応じるように額に滲む汗を拭ってやると、気持ちよさそうに身じろぎし、頬を摺り寄せてくるなまえさん。その仕草が甘えたがりの猫のようでなんとも可愛らしい。

 頬を上げた拍子にその隙間に手を差し込み目線を合わせる。絡まる視線を引き寄せ、散々あげさせた声のせいでカラカラに乾いている口内に己の舌を入れると「ん、」と艶めかしい声をあげてみせる。

 その反応に気を良くした俺が逃げる舌を追いかけだすとなまえさんは慌てて肩を押して唇を離す。

「今日はもう駄目」
「呼び出しを待つんですか?」
「……ごめん、」
「いえ。謝られるような間柄ではないですし」
「……そう、だね」

 先ほどまでふやけた表情をしていたクセに、その表情は一気に暗い色へと染まる。悲しい顔をするくらいなら、早い所別れてしまえばいいのに。そう思っても俺には本音を伝える資格なんてない。

「今何時だろ」
「2時を少し過ぎたとこです」

 ベッドサイドに置かれたスマホを触る為に体を捩るなまえさんの背中を見つめ、時刻を伝える。もう夜中の2時だ。脳も睡眠を欲する時間。更には先ほどまで散々激しい運動をしていたのだから、尚のこと眠い。さっさと2人して深い眠りに落ちてしまいたいが、なまえさんはそうしようとしない。

「呼び出しなんてないですよ、きっと」
「でも……もし、」

 尚もスマホを握りしめるなまえさんの顎を掴み、無理矢理こちらへと向かせる。その顔は案の定泣きそうだ。どうしてなまえさんはそんなにあの男に縋るのだろうか。本気で解せない。

「浮気相手の家が近いんですよね? 今日の飲み会」
「……っ」

 なまえさんの瞳が揺れる。こんな分かりきった事実確認にですら簡単に傷を負うなまえさんの気持ちはやはり分からない。分かりたいとも思えない。

「その女の家に転がり込みますよ、彼氏さん」
「でも……もしかしたら迎え頼むかもって言われたし」
「そう言われて朝まで待って連絡がなかったこと、何回ありました?」
「……で、でも、」
「それで俺の元に来てこうして慰めてあげたこと、何度あるんでしょう、俺」
「……ごめんなさい」

 顎を離してやると力なく顔をベッドに沈めるなまえさんはとても痛々しい。今にも亀裂が入ってバラバラになってしまいそうな危うさを漂わせている。そんななまえさんだから、俺はいつまで経ってもこの関係をやめれないのだ。

 いけないことだと互いが理解している。だけど、やめられない。

 俺はなまえさんの彼氏を責める資格はない。だって、同じことをしているのだから。それはなまえさんも同じ。なんて醜い関係性なのだろうか。

 けれど、それでもいい。それでもいいからなまえさんと繋がっていたい。必要とされたい。

 そう思ってしまうのも事実。どんな形であれなまえさんを支えている。彼氏に傷付けられる度、なまえさんが求めるのは俺。それがちっぽけな優越感を感じさせる。

「こんな関係、やっぱ駄目だよね……」
「なまえさんは嫌ですか? 俺とこうやって体を重ねるの」
「……いや、じゃないよ。京治は気持ち良くしてくれるし。優しく触れてくれる。大事にしてくれる。だけど、私がそれを受け取って良い人間じゃないの」
「俺はなまえさんにしかあげたくありません」
「だけどこんな関係、絶対正しくない」
「そんな、」

 そんな分かりきったこと、そう言おうとして口を噤んだ。それを認めてしまえば、それがこの関係の終止符となってしまうかもしれない。それは嫌だ。俺は、正しくないと分かっていても、幸せになれないと予感していても、この歪な快楽に浸り続けていたい。

「そんなこと言わないで下さい」
「京治……」
「呼び出しがあったら俺が起こしますから。それまでは寝ていて下さい」
「ごめんね、ごめん京治……」

 俺に向き直ったなまえさんは俺を見上げて泣きそうな声で謝罪を口にする。その謝罪を聞きたくなくて、無理矢理唇を封じ、呼吸を奪うとようやく大人しくなるなまえさん。そうして屈するようにして体を俺に預けてくるなまえさんを腕の中に閉じ込め、その背中を包み込む。

「京治……、けい、じ……」

 背中をあやすように撫で続けるとなまえさんは1人微睡みの世界へと落ちていく。俺の名前が解体され、最終的には寝息へと変わったのを確認し、意識の無いなまえさんに「好きです」と自分の想いを告げてみる。

「なまえさん……、好きなんです」

 好きです、大好きです、愛しています。何度想いを告げてみてもなまえさんが受け入れてくれることはない。

「俺は、どうすれば良いですか?」

 なまえさんに訊いてみた所でどうしようもないことだと分かっているのに。暗闇の中何も身に纏っていない俺はなまえさんに縋るしか方法を知らないんだ。

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